ストーキングクラブ

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 忘れていたわけではなかったが、3年後にその日はやってきた。  「お振込した資金を有効活用して頂けたようで、なによりです」  そう記されたメールには、待ち合わせの日時と場所が記されていた。会いに来いということらしい。無視を決め込んでも良かったが、3年も連絡を寄越さなかった相手には興味があった。  待ち合わせ当日、指定された場所には男が一人で現れた。  元本を返せば良いのかと尋ねる僕に、その必要はないと男は答える。金を振り込んだのは、国が推し進めている計画の一環なのだそうだ。様々な状況に置かれた時に、人がどのような行動を取るかを観察している組織が存在しており、その組織によって実施されたという話だった。  僕と同様の機会を組織から与えられる人間は、毎年一定数居るのだという。  金に一切手をつけず、銀行や弁護士に相談するのが約半数。問い合わせをした途端、誤振り込みとして扱われ、振り込まれていた金は、全て引き上げられる。他人に運命を委ねるタイプの行動サンプルは多過ぎて、観察を続ける価値がないのだそうだ。    散財を始める人間の行動パターンは、変化に富んでいる場合が多いので観察は継続される。金を使い切って、普通の生活に戻ることに苦労している者達も、手を差し伸べられることがないまま、観察は続けられるらしい。  誰にも打ち明けず、無駄遣いもせず、ただ手元に金を残して慎ましく暮らすだけの者も少数派であることから、観察が続けられるという。    既に大金を手にしてしまった人達には想像もできない多様な金の使い方は、十分に研究価値があるのだそうだ。 「そんなことを打ち明けて、僕に何をしろって言うんです?」  僕が打診されたのは、組織への加入だった。加入後は、観察対象のデータを参照できるようになるという。  彼らがどのように散財し、失敗していくか。成功への道筋を見つけた者が、どのような変化を遂げていくか。それらを覗き見ることが出来るらしい。  組織に属せば、観察対象を成功に導くよう協力が求められる。協力は任意だが、実際には、観察対象が倒産寸前の企業に投資したとしても、構成員は積極的に買い支えるそうだ。しばらく待てば、その企業に有利に働く発表で、政府が観察対象の後押しをする。彼らは、それを知っているからだ。投資が失敗に終わる確率は大きく下がり、一般投資家が群がってきたところで売り払えば、構成員は利益を上げられる。  右も左も分からなかった僕の投資が負け知らずだったのも、組織の協力あってこそだったというわけだ。不動産投資にも同様の仕組みが働いていたのだろう。  男の話を聞き終えた僕は、迷わず組織への加入を申し出た。
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