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銃を構え、半ば体当たりするように大袈裟な音を立てて司令室の扉を開く。彼はその机に向かうでもなく、国を一望できる窓の前に立っていた。私が開いた扉にも、私の出現にも何ら反応を示す事なく、ただ窓の外を眺めていた。そんな彼の様子に戸惑いながらも、予定通りの言葉を口にする。
「抵抗しないでいただけるとありがたい」
抑揚のない声で、機械的に。気を抜くと情けない声が出そうだった。やや間をおいて、彼は両手を上げながらこちらを振り返った。
「ああ、君かね。無論、抵抗する気はないさ」
銃口を向けられているにも関わらず、彼は至って穏やかな様子だった。予想だにしていなかった反応に対して思いつくのはただ一つ。そもそもおかしいのだ。この部屋に辿り着くまでに、護衛を一人も見なかった。その事実が指し示すことは。
「……私が敵の手の内にあると知りながら何故、何もしなかったのですか」
この人は私が軍部の敵対勢力と通じていることを知っていた。なのに護衛をつけることすらせずに、ただこの場に留まっていたのだ。殺されると、分かっていながら!
彼は私の言葉に返答しなかった。自らの保身のために命乞いをするでもなく、こともなげに言い放った。
「民は私の首を要求しているのだろう。さぁ、私の首を持っていくといい」
私に下された命令は一つだけ、問答無用で殺せ。だと言うのに、私はそれすらも出来ずにいる。私の意志に反して、堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「貴方ならば逃亡する事も、栄誉ある自決を選ぶことも出来た筈だ! 何故……!」
声が震える。声だけではない、手も、身体も、空気すらも。何故、何故、何故! この単語だけが頭の中をぐるぐると駆け巡る。何故この人は不名誉な死に直面しながらこんな言葉が紡げる!? 生に、尊厳のある死にすら縋り付かないのか、理解できない。保身のために、地位のために他人を手にかけようとする私には。
「なに、私はこの椅子に座るのに疲れただけさ。この椅子に座ったという過去にね。老い先短い身だ、どうせなら誰かにくれてやろうと思ってね」
笑いながら、そう笑いながら! 私よりも一回りか二回り歳が上の彼はそう言った。その表情は私が彼の元に居たどの時よりも穏やかに見えた。まるで重責から解放されたかのような笑顔だった。いつも眉間に皺を寄せていた暴君ではなく、ただの老人がそこに居た。
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