記号として語られた、ありふれた男の話

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「民の政府に対する、私に対する憎悪は(あぶく)のように膨れ上がっている。いつ破裂してもおかしくないほどに。それが破裂してしまえば、この国は他国に攻め込まれるだろう。民は私が自ら総裁の座を降りたとしても納得しない。内乱が起きれば他国の内政への介入に正当性を持たせてしまう。内乱が起きる前に()を倒し、国を団結させる必要がある。君の上司は自身の傀儡国家を作るためだと言うだろうが、国益を考えれば私の死は必要不可欠だ」  この一年、彼のやることを見ていた。彼自身が国民を弾圧したことなど、一度もない。軍部がやったことの責任を全て引き受けているだけだった。彼は独裁者の謗りを受けながら、他国に付け入れらる隙を一つずつ潰し、国民の憎悪を一身に受け団結させた。彼が居なければこの国は諸外国に食い潰され、地図から消えてしまっていたことだろう。つまり父の命を奪ったのも彼ではなく——。だからと言ってこの任を降りる訳にはいかなかった。妻子の命が懸かっている私に、選択肢などない。  そう、彼はあまりに有能過ぎたのだ。私に(しい)することを命じた上官が取って変わるには、あまりにも。上官がその椅子に座るには、一度無能に挿げ替える必要がある。
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