記号として語られた、ありふれた男の話

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 上官の描いたシナリオはこうだ。ある日秘書は独裁者が新たな虐殺の計画を立てていることに気付く。義憤に駆られた秘書は怒りに我を忘れ——恐れすらも! 総統の頭を撃ち抜く。そうして一人の英雄の勇敢な行動により、独裁者はその生を終える。国民を弾圧していた為政者が消えて、国民は英雄を支持する。軍部も国民の支持を得るために彼を支持するだろう。だが英雄はあまりに——短絡的すぎた。(まつりごと)を行うにはあまりに短気で、単純で、気まぐれだった。新たな独裁者となる萌芽が見え隠れしていた。  このまま任せてはおけない。そう感じた上官は国民の支持を得て、暗君と化した英雄を()()()()射殺する。そして満を辞して、上官はこの椅子に座る。堂々と。我々よりも長く、長くこの国に君臨することだろう。 「ただ、君のことが心配だよ。いつだって君は優秀な秘書だった。家族でも人質に取られていたのだろう? 私に対する敵意を隠し、大したものだった」  彼の目には全てお見通しだった訳だ。それなのに今日までこうして傍に置き、自らの命まで差し出そうとしている。死を前にしても彼は、私の心配をしている。自分ではなく!  無理だ。彼の代わりにこの椅子に座るなど。一人の命を奪うのにすら躊躇う私がこの椅子に座るなど。彼以上に国民を殺すと分かっている上官をこの椅子に座らせるなど! あっていいはずがない。この国のためになるはずがない。彼以上にこの国を憂いている者など存在しないのに! 「私にしてやれることはこれくらいしかないが……。私のようになるなよ。君だって、いつまでも傀儡でいるつもりはないだろう? 私の代では成し得なかったが……。いつでも椅子を降りて、幸せな余生を送れるような祖国にしておくれ」  彼は私の震える手を握る。まるで外交相手に握手を求めるように。震えて照準が定まらず、引き金を引けずにいる私の指にその指を重ね、彼は自らの手で引き金を引いた。
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