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第7話 普通であること
援護に行くとか、非戦闘員を守るとか、水菜と理沙は言いあっているようだ。
そんな二人の相談を耳に適当にはさみながら、俺はシェルターで時間を過ごす。
それでしばらくの間は、さっききあった事を忘れられてたと思う。
けれど、何か尋常じゃない状況に置かれてるのは事実で。
今までは二人の明るさに助けれられて意識してなかったんだと思う。
それが、今ぶり返してきていた。
俺、無事に日常に帰れんのかな。
皮肉な話だよな。
普通が嫌で。特別に憧れて、転移した時なんかは夢に見たシチュエーションにそっくりだと、興奮してたはずなのに。
いざ、自分の身に危険が降りかかると、戻りたいって思っちゃうんだから。
何でもいい。誰でもいい。夢でもいい。嘘にしてくれたって構わない。
安全の保障された。でも、確かに明日が来ることを約束されたあの普通だった日々に戻りたいと……。
そう。
「見てらんないわ」
相談事が終わったのか理沙が隣にやってきた。
部屋の隅で、膝を抱えるように座る。
何でって、彼女の隣で俺が似たような姿勢でそうしてるからだろう。
「喜びなさい。応戦に行かずにここは私たちが守る事にしたから。泣き言いってるエージェント達をわざわざ説き伏せておげたんだから。水菜が」
「最後の一言ないと、手柄詐欺だぞ」
偉そうに主張する理沙に突っ込みを入れる事を忘れない。
いや、見知らぬ状況でまったく見知らぬ人間といっしょくたに放り込まれなくて、それは正直助かってはいるけど。
「いいのかよ、行かなくて。お前の……知り合いなんだろ」
水菜に聞いた話では、あのバケモノ……ナイトメアは、理沙に関係のある人物だという話だが。
理沙は自分でケリをつけたいとか思わないんだろうか、それかケリをつけるのは自分達でなくともその場に立ち会うぐらいは望まないんだろうか。
「行きたいわよ。……でも、あんた達を放っておくわけにはいかないでしょ。って、水菜が」
「お前、水菜ばっかりだな」
「う、うるさいわね……水菜が言うんだからしょうがないじゃない」
要するに嫌々、というわけか。
俺なんかの面倒みてたくないよな。こんな非常時に。
だがこんな状況になれてるらしい水菜達がが判断したというなら、それなりに合理的な選択なんだろう。
「はあ、普通に戻りてぇ」
「その言葉あの子が聞いたら怒るかもね」
「あの子?」
「今、暴れてる子よ。あの子は、普通が嫌いだった。特別になりたいっていつも思ってた。エージェントとして優秀になるだろうって、スカウトされたばかりなんだけど、抗体を打つ前にナイトメア化して……。あの子、心まではそんなに強くなかったから。期待に潰れちゃったんだと思う」
理沙は、何でいきなりそんな話をする気になったのか。
まあ、俺の言葉が原因ではあろうけど。
だが、そういう個人的な話を、出会ったばかりの人間に聞かせるもんじゃないだろうに。
「俺と同じじゃねえか」
「だからよ。目の前にいかにも普通そうな男が現れて、守られてたら真っ先に攻撃すると思う」
「意思があんの?」
「少しはね。でも、本当に少し。ナイトメア化した人間は欲望に忠実になる。あの子の願いは、きっと今も守られている普通の人達への……」
最後までは言葉にならなかった。
今この瞬間にでも、ここを飛び出していきたい彼女を、ここに留めておかなければならない自分の存在がどうしようもない悪のように思えた。
「元には……」
「戻らない。こうなった以上、誰かが終わらせてあげないと」
ここで、行けよと言ってやれるだけの人間であれたら、どれだけ良かったか。
ここが安全でなくなるのは分かっていたけど、それでも俺はそう言ってやりたかった。
その一言が言えないのは、俺が臆病なせいだ。
「……っ!」
部屋の隅で俺に付き合って座っていた理沙が、肩をはねらせて次の瞬間立ち上がる。
「来るわ! 水菜!!」
「分かった」
出入り口付近にいた水菜は、奥へ走って。
俺も理沙に引っ張られて奥へ。
他の連中も退避した直後、出入り口が吹っ飛んだ。
「うわつ」
鉄くずやら埃やらが飛んできて、視界が遮られる。
「予想外だわ。エージェントを振り切ったの!? まさかここまで強いなんて」
「非戦闘員は、打ち合わせ通りに退避を」
理沙の声と目の前の惨状に青ざめていた他の者達が、シェルターのさらに奥へと向かっていく。
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