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第8話 選んだのは……
俺達の前に再びあの恐ろしい脅威は姿を現した。
シェルターの壁をぶちやぶってきたナイトメア。
だが、そんな常人離れした存在に二人は立ち向かっていく。
水菜が前で、その補助を理沙が行う。
慣れた様子の戦闘は、その命がけの行為をもう何度も繰り返している事の証明にもなった。
そんな彼女達の能力がこの戦いで分かった。
水菜は相手に何らかの精神攻撃を与える能力で
理沙は三秒だけ対象の時を止められる能力。
だが致命的に攻撃力がないのが苦しい。
「行っけぇ!」
理沙の掛け声。水菜が敵と視線を合わせる。
苦悶の表情を浮かべるナイトメアは微動だにせず停止する。
そして二人は武器を構えて、攻撃。
銀の鞭がしなり、脅威ていな脚力を持っての蹴りが入る。が、効果は微々たるものだった。
さほどダメージを与えられずに、ナイトメアは動き出す。
「グ ル ア ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ ァ!!」
そして咆哮。
身構えた瞬間に爆音が轟いた。
先ほど部屋で見た時と同じだ。全方向爆発、といったところか。自爆技の応用みたいなもんだろうか。だったらきちんと自分もダメージ受けろよ。そう八つ当たりみたいに思う。自分の無力を、何もできない臆病さを呪うように。
「うわっ!」
「きゃぁっ!」
「っっ……!」
体が浮いて、一気に何メートルも吹っ飛ばされる。それは彼女達も同じだった。
より近くでその攻撃をあびた彼女達は、自分とそう変わらない位置まで吹き飛ばされていた。
二人はボロボロだ。
適うわけない。
「逃げよう!」
俺がそう結論を出すのはそう不思議な事じゃないだろう。
「他の人達はとっくに、シェルターの奥へ向ってるぞ!」
避難所の奥にある非常口をくぐって脱出していっている他の人達を引き合いに出して発言するが、二人は下がろうとはしなかった。
「アンタ、まだいたの!? さっさと行きなさいよ!」
「早く行って」
「お前等は……」
「私達は良いのよ。こういう仕事に就いてるんだから。そういう覚悟できてる」
「私達が時間をかせいでいるうちに、これが一番」
「そんな……」
それってつまり二人を見捨てろって事だろ。
そんなのいいのかよ。
二人共俺とそう変わらない年齢なのに、まだ子供だろ。
なんでそんな命かけて、戦えるんだよ。
「貴方はただの一般人、生き残る権利がある」
迷う俺を見かねてか、水菜が背中を押すように言葉をかけてくる。
「安心しなさい。負けると決まったわけじゃないでしょ」
理沙はこんな時でも、強気だ。
決まってるだろ。
こんなの見たまんまじゃねーか。
「お、俺は」
シェルターの奥、脱出路を見る。そして二人の少女を。ゆっくりと歩いてくる脅威、ナイトメアを。
「俺は……」
俺はどうすればいいんだ。
死にたくない。
強くそう思った。
けれど、同時に
彼女達を見捨てたくないと、何倍も思っていた。
シェルターを破って侵入してきたんだ。逃げきれる保証はないし、何より……。こういうのが嫌で、俺は普通なんか嫌いだったんじゃないのか!
強い奴が正義とか、騙される方が悪いとか。
そういうのって反吐が出るんだ。
世界は必ずしも良い奴の味方じゃない。
普通の自分には、それを飲み込んで生活するしかなくて。
歯がゆかった。
だから……。
だからっ……!
「俺はお前たちを死んでほしくないんだよ!!」
叫んだ瞬間。それは訪れた。
冷気が頬を撫でる。
「……ダイアモンド・ダスト」
水菜の呟くような声。
凍り付く。世界が凍り付く。
空気中の水分をも凍り付かせる。氷結の世界がそこにあった。
「な……んだ、これ」
「能力。貴方の」
「これ、俺の力なのか?」
「それなら、倒せるかもしれないわ!」
水菜と理沙。
それぞれの声を聞いて考える。
本当にこれで倒せるのか。
倒せたとしても、けど。
俺が決着をつけていいのか。
理沙に視線を向ける。
「もう、眠らせてあげて」
彼女は頷いた。
俺に任せると、言うように。
「分かった」
二人をかばうように前に出る。
ナイトエアはもうすぐそこだ。
向かっていく。
恐ぇ、そしてでけぇ。
足が震えそうだ。
出来るのか? とか大丈夫なのかよ? とかそんなことばっかり浮かんでくる。
もっとかっこよくできたらいいけど、しょうがない。普通だからチキンなんだよ。
でも、それを乗り越えたいんだ。俺は。
普通でいないために。
特別になる事で、何かを守れるのなら……。
「頼む。俺に守らせてくれ」
ナイトエアが腕を振るう。
逃げ出したい。自分など、木くずと同じだろう。受けたらたぶん死ねる。
でも逃げない。集中だ。
イメージする。
簡単だ。この身をもって味わった地獄の世界なのだから。
「――――凍り付けえぇぇぇぇ!」
世界が切り替わる。
空気が凍り付く。
音を止めて、静寂が訪れる。
その中で……。
『グ グ ゥ ル ル ル……』
凍り付きながらも、ナイトメアは動いていた。
「これでも足りねぇのかよ!」
このままでは、押しきれない。
そう思った瞬間の事だった。
理沙が近づいてくる。
「牙っ!」
驚いた。
「んんっ!」
理沙に名前を呼ばれた。
……事ではない。
その理沙がしてきた事だ。
うおっ。
キッスだ。
いつの間に近くに……。ってか、絶対嫌だとか言ってたくせに。
だが、最初の時には感じなかった、体に力が流れ込むような感じがする。
「ぶちかましなさい!」
「ああ、やってやるよ!」
――――ダイヤモンド・ダスト。
室内灯に輝く、氷の粒が舞い降りる。
ただ静かに、ただ無言に、氷結の世界は降り立った。
ナイトメアは白く白く凍り付いていく。
氷結に抗う様に鈍く体を動かし続けるものの、やがて全身を霜が覆い尽くして……、そして奴は完全に動きをとめた。
「や……った……?」
信じられない思いで呟く。
一秒、二秒、数秒経って、それでも相手が身動きしない事が分かって、それでやっと詰めていた息を吐いた。
勝ったのだ。
俺達は生き延びた。
それから数分後、遅れていた応援が駆けつけた。
ぶっちゃけ途中から存在を忘れてたし、あてにしてなかったので、本当に今更だったが。
むしろ息さえ凍り付くような部屋の寒さにやれれ、再び凍死するかと思ったので、そっちの方でお世話になったが。
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