4 ライブ編

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 とんでもない騒ぎが起きたのは、ライブ前日だった。  その日、私たちは講堂を借りて遅くまで練習していた。 「赤いキャンドル 灯火が揺れる~」  何度も練習した甲斐あって、田代優を思い出さなくても、切なく歌えるようになった。  歌はメッセージだと魁は言ったけど、私にとっては、むしろデトックスになった。歌えば歌うほど、心が浄化されて田代優への執着が薄れていく。私は、歌うことで失恋から立ち直れたかもしれない。  今、彼が目の前に現れても、きっと冷静でいられるだろう。そんな実現しない状況を持ち出してしまうほど、無駄な自信を身に着けていた。  魁が、「充分仕上がったな」と、ギターを置いた。 「これで終わり? もう一回ぐらいやっておこうよ」  立川は、練習量に満足していない。  西府は、タタタン、タタタンと、まだドラムを叩いている。  久地は、白いセーターの袖をたくし上げてギターをかき鳴らしている。彼もまた、やり足らないようだ。  一曲だけの私と違って、彼らは他に何曲も演奏することになっている。  初めて参加する私のために、彼らは多くの時間を割いてくれた。自身の練習量が足りていないのは明白だ。 「私はまだ大丈夫だから、練習しよ」 「エミは先に帰っていいよ」 「でも……」 「あまり遅くなると、明日に響く。それに、店の手伝いもあるんだろ?」  最近、練習にかまけて店の手伝いをしていない。 「それなら気にしないで。今はお客さんの少ない時期で、私がいなくても何とかなる」 「あとは俺たちだけの曲だから、付き合わなくていいよ」 「そう……」  魁の気遣いを受け入れて、私だけ帰ることにした。  帰り支度をしていると、バンッと重い扉が開いた。そちらに注目すると、怖い顔の女子たちが数名立っている。ただならぬ気配に恐怖を感じて、私たちは硬直した。  黙って見ていると、ズカズカと入ってきて、まっすぐ魁の所に行き、前で立った。 「魁君に、話を聞いて欲しいんだけど!」  口調が荒々しい。 「話?」 「あの子のことよ!」  私を睨み付けてビシッと指さした。 「彼女が何か?」 「新メンバーが彼女だって噂話は、本当だったようね!」  練習光景で確信したようだ。 「それについては、明日のライブで発表することになっている。今は何も話せない」 「今更誤魔化そうったって、無駄よ。私たちが、ザ・フローイングクラウドのファンだとよく知っていると思うけど。私たちは、彼女の加入を認めません」  この言葉には、さすがにメンバーたちから呆れた声が出た。 「何、勝手なことを言っている」 「君たちに、そんなことを言う権利はないだろ」 「あるわよ。私たちは、明日のライブをボイコットします。これはファンの総意だから。明日は誰も観に行きません」  反対するあまり、強硬手段に出てきた。 「このチケットも返します」  全員がライブチケットを持っていて、魁に押し付けようとした。 「ちょ、ちょっと待ってくれ。本気か?」 「ちなみに、ここにいない人の分も預かってます。はい、これ」  束まで出してきた。 「私たちには、たくさんの賛同者がいるって、これで分かったでしょ。受け取って!」  魁は、チケットを残念な面持ちで受け取った。十数枚はあっただろう。  私は、反論もできず、黙って見ていることしかできなかった。  自分のせいで魁たちを困らせていることに居たたまれない。  このところ平穏で順調だったのに、清太郎の警告した通りとなってしまった。 「私たち、いつでもファンに復帰する気持ちは持っています。その条件は、先ほど言った通りです。よく検討してください。じゃ、明日の誰も見ないライブ、頑張ってくださいね」  最後に嫌味を残して、彼女たちは帰っていった。 「……」  メンバーたちは、呆れて何も言わなかった。 「私、辞退した方がいい?」  弱気で情けない発言だと自分でも分かっているが、言わずにいられなかった。  悲しい目をする私に、なんと、魁がニコッと笑った。普通なら絶望するこの状況で、笑えることに驚く。 「エミ、そんなに悲しい顔するな。俺たちは、エミを外したりしない。何も心配いらない。俺たち、ザ・フローイングクラウドの本当のファンは、こんなことをしない。エミの歌は、絶対に聴衆を喜ばせて、ライブは大成功する。あいつらには、聴かなくて損したと思わせればいいのさ。雑音は歌で蹴散らそうぜ。な、みんな?」 「ああ、当たり前だ」 「あいつらの我がままに従う必要なし」 「明日のことは、何にも心配しなくていい」  仲間たちの心強い言葉に、涙が頬を濡らす。 「バッカだなあ。こんなことで泣くなよ。目が腫れるぞ」 「うん。気を付ける」  手で必死に流れる涙を拭いた。  魁は、チケットの束をパラパラと素早くめくった。 「それにしても、結構あるな」 「あいつら、俺たちが条件を飲まざるを得ないように、わざと今日まで待っていたんだ」 「悪質だな」  日頃穏やかなメンバーたちも、この仕打ちにはさすがに怒りを隠せない。 「ここで愚痴ってもしょうがない。前向きに行こう! 手分けして、ライブ時間ギリギリまで配布しよう」 「そうだな」 「了解」 「この程度の枚数、どうってことないさ」  みんなでチケットを分け合った。
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