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家に帰ると、福猫に話を聞いてもらった。
「私のせいで、明日のライブは大失敗かも」
落ち込む私に、福猫は、「仲間を信じなさい」と、事も無げに言った。
「今回ばかりは、無理だよ……」
「どうして疑う?」
「だって、バンドのファンが全員来ないって言ったんだよ。観客のいないライブなんて、どうあがいたって成功にならない」
「それは、本当に全員なのかい?」
「そうよ。ものすごい枚数のチケットが返却されちゃった。たぶん、客席に人がいないと思う。これからチケットを配布しようって、魁君たちは言っていたけど、もう間に合わない。私もチケットを預かってきたけど、今からお客様に配るわけにもいかない。明日は朝から会場に行かなきゃならなくて、配布の時間なんてとれない」
手元には、割り当てられたチケットの束がある。知り合いには、すでに声掛け済み。今から受け取ってくれる人を探せと言われても、頭を抱えてしまう。
「お父さんに相談してみてはどうだい?」
「それは……やだな」
「どうして?」
「恥ずかしいもの。明日のライブも、実はまだちゃんと話していないんだ」
店にポスターを貼って、チケットも置いていたが、それは世話になった音無魁のためであり、娘が出るとは思っていない。
毎日の練習は、クラブ活動で遅くなると説明していた。
「恥ずかしいなんて、言っている場合じゃない。入れ物と人はある物使えだよ」
「なにそれ」
「有名な故事を知らないのかい? 呆れるね」
「立っている者は親でも使え、だったら分かるけど」
「同じようなものさ。手近にあるものを使えってこと。時間がないんだから、親でもなんでも利用しないと。どうでもいい感情のために、明日の本番を台無しにしてはいけないよ」
「どうでもいいって、酷い!」
「どうでもいいだろ。今日まで練習してきたのに、いっときの感情で、全てを水泡に帰す? 何が大事かよく考えるんだね」
福猫に叱られて、目が覚めた。
「そうだよね……。恥ずかしいなんて言っていられないよね……。みんなのピンチなんだから……」
私は、決意した。
「私、お父さんに相談してみる」
「それがいい」
チケットを握りしめて、父の部屋に行った。
帳簿を付けていた父は、「どうした?」と、手を止めずに聞いてきた。
「お父さん、聞いて欲しいの」
「え? 急に改まって、なんだ?」
父は驚き、手を止めてこちらを見た。
「なんか、怖いな。変なことを言うんじゃないだろうな」
「これなんだけど……」
チケットの束を差し出した。
「魁君のライブのチケットか? 残った分は、返却したと思っていたが」
「これで困っているの」
「なぜエミが困る?」
ちゃんと説明しないと、納得してもらえない。
「私、明日のライブで歌うことになっていて、毎日遅くまで練習していたのは、このためだったの」
「そうだったのか」
「黙っていて、ごめんなさい」
「父さんには教えて欲しかったよ。そうか。クラブ活動って、バンドだったのか。いや、父さんは反対なんかしない。むしろ、エミが活動的になってくれて喜ばしい」
反対されることを恐れて黙っていたんだと、父は思い違いをしている。
「でも、チケットが全然捌けていなくて、まだこんなにあって」
「随分と余っているな」
父は、チケットの束に驚き呆れる。
「このままじゃ、お客様のいないライブになっちゃう。何かいい方法はない?」
「うーん……」
父はしばらく考えていた。それから時計を見た。今夜は商店街の定例会の日で、そろそろ出掛けなければならない。
「仕方ないな。ちょうどこれから会合がある。そこでみんなに話してみよう」
「いいの?」
「どうなるか分からなくとも、やれるだけやってみろが父さんの信条。チケットを預かろう。エミは明日に備えて早く寝なさい」
「ありがとう。お願いします」
深夜に行われる会合が、私はいつも嫌だった。しかし、今日ほど遅くて良かったと感謝したことはない。
父を信じてチケットを託した。
部屋に戻ると、福猫が、「話してみるもんだね」と、笑った。
「私の分担はなんとかなりそうだけど、みんなの分はどうなっているかな?」
メンバーの心配をしながら眠りについた。
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