4 ライブ編

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「とにかく、兆は一切喋るな。動くな。俺に全部任せろ」 「分かったよ。ただし、形勢不利だったら、僕も動くからな」  そうこうしている間に、女子集団が二人の前で仁王立ちする。 「チケットはないけど、入らせてもらうわよ」  バンッ! と机を叩いて勢いよく清太郎が立ち上がると、「君たちは出入り禁止になっている! このままお引き取り願おう」と、全員にはっきりと伝えた。  想定内なのか、女子集団は全くひるまない。 「止めても無駄。私たちはこのライブを認めない。このまま入らせてもらう」  強行突破を試みてきたので、清太郎が両手を広げて前をふさいだ。 「これ以上、立ち入ることは許さん! 君たちは自分が何をしているのか分からないのか? 誰も君たちに賛同しない! エミがバンドに加入するかどうかは、バンドメンバーが決めることだ」 「話にならないわね」 「それはこっちのセリフだ!」 「いい? 清太郎君がそれを言うなら、私たちにも自分の意見を言う権利はあるはずよ」 「そ、それは……」  論争で負けそうな清太郎を、兆は珍しそうに眺めた。 「私たちを止められるもんなら、止めてみなさい!」  グイグイと胸を突き出して寄ってくる。 「さあさあ!」  触れたら絶対にまずいやつなので、清太郎は引かざるを得ない。 「ク……、俺の中の紳士が足を引っ張る。こちらの弱いところを突いてくる」  形勢不利を見極めた兆は、今こそ自分の出番だと、バンッと手をついて立ち上がった。 「どうやら、僕の出番のようだな」 「兆、お前が出るとややこしくなる」  清太郎が止めても、兆は引き下がらない。  普段の彼を知っている女子たちは、いつもと違う様子に驚いた。 「兆君、なんだか、いつもと雰囲気が違うようだけど……」 「言っても分からないなら、この後、どうなるか……」 「な、何よ……」「なんだか、やばくない?」  ただならぬ気配を漂わす兆に、女子たちが恐怖を感じている。  それは、清太郎も同じだった。このままでは大変なことになると、慌てて止めに入った。 「おい、兆、ダメた!」 「もう誰にも止められないぜ」  動こうとした兆の背中を、背後にいた福猫が太い尾で勢い良く、バシン!と引っぱたいた。  その衝撃たるや甚大で、痺れが一瞬で全身を駆け巡ったかと思うと、まるで芯を抜かれたように腑抜けとなって、へなへなとその場にへたり込んだ。  勢いよく向かってくると思っていたから、女子たちも拍子抜けしている。 「何よ。何かするつもりだったんじゃないの?」 「さっきまでの威勢はどこに?」  清太郎も心配した。 「兆、どうした?」 「あ……いや……。変だな……。急に闘志が消えて……。すまん……。清太郎に任せる……」  もう立ち上がることは出来なさそうだ。 「なんなんだ……、こいつは……」  呆れてものも言えない。 「最初は驚かされたけど、ここで戦線離脱みたいね。それで、清太郎君はどうするの?」 「く……。とにかく、ここから立ち去れ!」 「フフン。もはや打つ手なしみたいね。では、入らせてもらうわよ」  女子たちは、勝手にずんずんと進んでいく。 「妨害をやめろ! ただでは済まないぞ!」  聞く耳をもたない。 「言葉が通じないとは、こういうことか……」  力に訴えることが出来ない以上、止める手立てはなく、無力な傍観者でしかない。  女子たちは、猫の巨大な化け物が行く手を阻んでいることに気づいて足を止めた。 「なんか変なものが見えない?」 「巨大な……猫?」  福猫は、ドアを完全に塞ぐ大きさまで体が膨れ上がっていた。  長い爪が伸びた前足。耳まで避けた口。飛び出す長い牙。  全身の毛を逆立てて、大きな目玉を見開いた鬼の形相で「シャアー!!!」と威嚇して襲い掛かった。 「ヒイィ!」 「我は神。畏れよ、人間」  福猫の言葉が、大音響となって頭の中に直接届いた。  見たことのない化け物に脅かされた女子たちは、恐怖にかられて慌てて逃げだした。 「ギャアアア!」 「助けて!」 「怖い!」  まるで集団催眠にでもかかったかのように、泡を食って逃げていく女子たちを、清太郎と兆は唖然として見送った。 「何が起きたんだ?」 「さあ? でも助かったな」 「ああ」  何が起こったのかさっぱり分からないが、とにかく窮地を脱したのでホッとした。 「兆、アップダウンが激しかったが、一体どうしたんだよ」 「それが、よく分かんねえ。衝撃が走って力が抜けてさ」 「あいつらが逃げ出した事といい、魔訶不思議なこともあるもんだな」  摩訶不思議と聞いて、兆は思いついた。 「ハッ! もしかしたら、死んだじっちゃんが天国から降りてきて、暴走する僕を止めてくれたのかも! 兆、お前はそんな子じゃないってさ」 「へえー。すると、追い払ってくれたのも、兆のじっちゃんの仕業だったのかもな」  清太郎は、心霊現象を信じていないが、適当に話を合わせた。 「きっと、そうだ! じっちゃん、ありがとよ!」  じっちゃんの存在を感じた気がした兆は、天に向かって感謝した。  それを見ていた福猫が呟く。 「じっちゃんはここにいないよ。全部、あたしの仕業なんだけど」  分かって貰えなくても気にしない。  こちらに向かってくる人影を、目のいい兆が見つける。 「誰か来る」 「今ごろ? もう騒動はごめんだ」 「あれは浜津美乃だ」 「じゃあ、問題ない」  美乃がチケットを握り締めて走ってきた。 「ハアハア……。ライブ、間に合った?」  肩で息をしている。 「もう終盤だ」 「忙しくて、こんな時間になっちゃったの」  美乃は、母から留守番を頼まれてしまい、出る時間が押してしまった。必死にやってきたが、上り坂を急ぐのは、とんでもなく体力を消耗する。 「今から入るのか?」 「少しでも見られればいい」  美乃は、ヨロヨロと入っていった。  ドアを開けると、兆と清太郎のところまで、一瞬音楽が流れてきた。エミがアンコールで歌っている最中だった。 「盛り上がっているようだな」  フルバージョンで聴けなくて残念だ。  ライブが終了すると、大勢の人々が吐き出されるように出てきて、ロビーが一気に騒がしくなった。 「楽しかったな」 「エミちゃんの歌、上手かった」  観客が、感動と興奮に包まれている。  それを見て、自分たちのしたことは間違いなかったと、二人は確信した。 「死んだじっちゃんの手は借りたかもしれないが、ライブの平和を守ったんだよな」 「俺たち、やったんだ」  疲れたが、やり遂げた達成感で二人は幸福であった。
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