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◇
学校では、美乃と一緒によくお昼を食べた。
私としては、家でも一緒なんだから、外では別々でいいと思うのだが、美乃が一緒に食べたがるのだ。どこにでも連れ立って行動する女子が今まで苦手だった私は、わー、嬉しい! とはならないが、美乃の希望を叶えてあげるのも家族としての務めなのかなと思って付き合っている。それに、なぜか彼女をガッカリさせたくなかった。
お弁当は、当然同じ内容で、今日はホットサンドとエッグタルト。
結局、梨乃は家事をほぼ放棄していて、今では、父が朝食、お弁当、夕食まで家族の食事を全部賄っている。
「いただきます!」
「いただきます」
ホットサンドへ同時にかぶりついた。ホットサンドは、具材の違う半分が二つあり、一つがトロリと溶けたスライスチーズと厚切りハム。もう一つが、カラシマヨネーズで和えたカボチャサラダ。それを美乃と私で半分ずつ分け合っている。
「美味しい!」
美乃が勢いよく食べていく。
「お父さんが作るものは全部美味しいよね」
「そうね」
美乃は、すでに私の父を自分の父として受け入れている。
父の手料理を、何でも、美味しい、美味しいと感動して食べる彼女に、父も悪い気はしないようで、すっかり気に入っている。
実の娘の私が嫉妬するほど、二人の仲は上手くいっている。
「エミ、私たちを受け入れてくれてありがとう」
「え、ええ……」
唐突に改まって言われて驚いた。
「うちのお母さん、結構、男運がないんだ……」
「……」
父もそこに含まれるのだろうかと気になる。
「エミのお父さんは素敵だから、本当に嬉しくて」
「ありがとう……」
「他の人たちもいい人ばかりだった。お金持ちで、格好良くて、社会的地位も高くて。お母さんは、そんな男性を捕まえる才能だけはあったんだよね」
「へえ……」
色気があって魅力的な梨乃だから、父と付き合う前に何人も恋人がいてもおかしくない。
しかし、父に言えない話を教えられて胸が痛む。
そして、なぜ冴えない父を選んだのかが謎となる。
大好きで、この世で唯一無二の大切な父ではあるが、社会的地位はないし、地味だし、お金持ちではないことは、娘の私が保証する。
けなしすぎたか?
「途中まで順調に交際が進むんだけど、具体的な結婚の話になると、なぜかみんな離れていっちゃうんだ」
美乃が不思議そうに言った。
料理下手が原因じゃない?
それしか思い当らない。
梨乃の手料理を食べて、これは耐えられないと思って逃げ出しているのだ。
それも、一人、二人じゃないってことだ。
父も、何人目かの逃亡者にいずれなるかもしれない。
「私も気に入られるように協力したつもりなんだけど、いつもダメになる。だから、今回も同居になるまで怖かったんだ。またダメになるのかなあって」
いつも楽しそうな美乃が、隠した本音を露にした。
「エミのお父さんのことは、優しくて、大好き。こうしてお料理も作ってくれて、とっても美味しくて、嬉しい」
たまたま、料理上手で家事をなんでもこなす父だったから、今のところは歴戦の彼氏たちと違って、逃げ出すことなく続いているだけに過ぎないかもしれないぞ。
美乃は、エッグタルトにかぶりついた。
「このエッグタルト、本当に美味しい。私、大好き」
これも父の完全手作りで、お店でも出している。美味しくて持ち帰りもできて、毎日完売する人気商品。
今日は特別に、私たちのために焼きたてを店用から分けてくれた。
梨乃もこれを食べてすっかり気に入り、自分の店でも扱いたいと言い出した。そうなると、相当数を朝から焼かなければならないので、父は時間が足りなくなると渋っている。自分の店で焼いてはどうだろうかと父が提案するも、それを渋る梨乃との間で話は平行線を辿っている。
「お母さんから男の人たちは離れていくけど、なぜか、どの人も別れ際にお金をたくさんくれるんだ。それを貯めてお店を持てることになったんだけど、ここだけの話だよ」
「凄いね……」
まとまった開店資金をどうやって準備したのか不明だったが、そんな事情があったとは驚いた。
二人は、その事実を父に言えないでいる。私も、多分、言えない。父に聞かせたくない。
「変だな……。私、なんでこんなにペラペラと喋っちゃったんだろう……。隠しておきなさいって言われていたのに」
ここまでさらけ出すつもりはなかったようで、美乃が苦笑した。
私は福猫の姿を探した。すると、後ろの上空に浮いて顔を洗っている。
福猫の力で、美乃に過去を喋らせたんだろう。
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