5 同居編

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「変な話を聞かせちゃってごめんね」 「ううん。打ち明けてくれて嬉しい。私たち、家族になるんだものね」  別に皮肉ではない。  美乃から二言目には、『家族になるんだから』と言われるのが鼻についていたが、自分たちのことを打ち明けてくれて、少しだけ許せる気持ちになれた。 「良かった。嫌われたらどうしようと思っていたから。でも、家族になるなら、知って貰った方がいいかよね。気が軽くなる」  美乃が微笑んだ。  そっちの気が軽くなるということは、移動されたこっちの気が重くなるということで。 「お母さんは、東京でグラフィックデザイナーをしていたんだ」 「ここの人じゃなかったんだ」 「そう。男は懲り懲り、人生をリセットしたいって急に言いだして、海の近くがいいって、旅行で訪れて気に入った、ここ三浦を選んで引っ越したの。親戚も知り合いもいない、本当にゼロからのスタート」 「転校したの?」  美乃は頷いた。 「中三の時。受験直前だったのに、いきなり『神奈川の高校を受けなさい』って言われちゃって大変だった。本当は、東京で行きたい高校があったんだけど諦めた。別れてきた友達と遊ぶために、東京まで毎週末通ったなあ」  美乃は、東京を恋しがっている。あそこは、三浦と全然違う世界で、彼女にはそっちの方が合っているのかもしれない。  いつかは東京に戻るんだろうと、美乃の横顔を見て強く感じた。 「こっちは田舎だから。東京は楽しいでしょうね」 「ああ、そういうつもりで言ったんじゃなくて。ここはのんびりしていて、いいところだと思う。今はすっかり慣れたし、大好きよ」 「私も好き。海が見えて、山があって、空が広くて青くて、のどか。それがいいと思っている」  全部、この高校から見渡せる風景だ。  一人でも寂しくないのは、この風景の中にいるからだ。自分が自然に溶け込む時間が私を救ってくれている。だから嫌いじゃない。私には必要な場所。 「今まで、梨乃さんの仕事はどうしていたの?」 「こっちにきた頃は、東京でデザインの仕事を請け負って、ネットで納品していた。だけど、それだとこっちの人とのつながりができなくて、ずっとよそ者。それで、地元に溶け込める仕事をしたいっていって考えた末、お店を開くことにしたんだ。そこでエミのお父さんと知り合って、もう男はいらない、って言っていたこともすっかり忘れて、あれよあれよと言う間にこうなった。私は振り回されてばかり」 「大変だね」 「大変だけど、しょうがない。お母さんは、男に振り回されて、私は、お母さんに振り回されている。いろいろ気が滅入ることがあるけど、自分の母だもん。最後は許しちゃう。そんな自分に気が付いたら、お母さんもこういう気持ちでいたんだと、ちょっとだけ分かったりして。どんなに腹が立っても、男の人を許してしまうんだよね。それがうちのお母さん」  梨乃に振り回されて諦めた諸々のこと。それがあっても、美乃は母を大好きでいる。  梨乃に振り回されて諦めた諸々のこと。それがあっても、美乃は母を大好きでいる。  今の話で何となく分かった。なぜ、美乃が常に微笑んでいるのか、謎の笑みを顔に浮かべているのか、誰からも嫌われないよう笑顔で立ち回るのか。それは、梨乃と暮らす上で身体と心に沁みついた習性となっているからだと。  私は笑わないことで自己主張してきたが、美乃は笑うことで自己主張している。
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