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福猫について、それ以上触れずに本題に入る。
「呼び止めて、ごめん。私、優に謝りたいことがあって……」
「そういうの、いいよ」
「え⁉」
先手を打たれて断られてしまった。
しかし、ここで引き下がっては気が済まない。強引に話を続ける。
「さっきは父が優に失礼なことをして、本当にごめんなさい。優は全然悪くないから」
「親父さんのこと? 別に気にしていない。父親なら、娘の元カレを見ればああいう態度になるだろう。むしろ、そういうもの。かといって、僕が親父さんに謝るのもなんか違うと思うし、僕の方も結局親父さんを無視してしまった。だからお互い様でいいと思う」
優は優で父に気遣っていると分かって、改めて優の良さを知る。
こういうことって、どちらが悪いって話じゃなくて、それぞれの立場で守るべきものがあるということだ。
「ねえ、改めて聞きたいの。どうして私と別れようと思った? 優は優しいから、きっと言いにくいことがあったんだよね? ハッキリ言ってくれていいから。そうでないと、私はこのままでは停滞して腐ってしまう」
「あの三人がいるじゃん」
優があの三人について言及した。
「彼らのこと、気にしていてくれたんだ。あの三人は、私をとても助けてくれた。だけど、やっぱり優の替りにはならない」
「彼らが君の本音を聞いたら、ガッカリするだろうね」
「優は優しいね。だから、別れる理由は別の所にあると思えるの。優は他に好きな子が出来たって言ってたけど、相手は美乃じゃなかったし、他の候補者も全然現れないじゃない。いつも一人でいて」
言った先から、あっと思った。これじゃ、私がずっと優を監視しているみたい。
自覚した途端、顔が熱くなる。
「ごめん。見張っているつもりはなかったんだけど。私、美乃と家族になるの。父と美乃のお母さんの店長と再婚することになって」
「そうらしいね。僕もつい最近知って驚いた。それなら話していいかな?」
「やっぱり、美乃が関係しているの?」
「そうじゃなくて、彼女は君について、僕のところへリサーチに来ていたんだ」
「リサーチ⁉」
そのために、二人は一緒に登校していた。
「私のことをリサーチって……」
それはそれで複雑な気持ちになる。
ふと、屋上で優と付き合っているか聞いた時の、一瞬、間が開いた美乃の暗い表情を思い出した。
あの時、ちょっとだけ後ろめたかったのだ。
「それで、何を言ったの?」
「君のことについては、何にも喋っていない。学校で見ている彼女が全てだと思うって答えた。主に知りたがっていたのは、親父さんについてだった。彼女はいるかとか、店の評判とか、家族の仲とか。だけど、僕もそれほど詳しくないから、君が店をよく手伝っているって程度しか話していない」
「お父さんについて? ああ、そうか」
母の男関係に苦労したから、彼女なりに心配しての行動なのだろう。
少し前に引っ越してきたばかりで、父のことをよく知らない美乃は、父の関係者として思いついたのが、私の彼氏だった優であった。それで優のことを同級生たちに聞いて回るうちに、浜津美乃は田代優を好きみたいだと間違った噂が広まったのだ。
いろいろと筋道が通ったのでスッキリした。
黙ってしまった私に、怒ったのだと勘違いした優が心配そうに顔を覗き込む。
「浜津さんには浜津さんの事情があるだろうから、怒らないでやってよ」
「怒っていない。母親の再婚相手の子供が同じ高校にいたら、いろいろ調べて回っても変じゃないもの。それ位、慎重でないとね。それについては私だって理解できるから。私の方こそ、美乃に優とのことで問い詰めてしまった」
美乃の方にやましいことがなかったから、私が問い詰めても平然としていた。
その姿を思い返してみても、美乃のことは信じられる。
「いろいろ教えてくれて、ありがとう。お陰で美乃とはわだかまりなく家族になれそう」
「それは良かった」
「でも、それと別れの理由は別。そっちの答えがまだだけど」
優が黙って空を仰いだ。つられて私も頭を上げる。
アーケード街の屋根が終わった先には、透明な青空が広がり、遥か上空で薄い巻雲が見える。
眺めていると、魂が吸い上げられてしまいそうだ。
優は、次に福猫を見た。
「神様の前でウソは吐けないなあ」
「優……」
優が福猫の存在で正直になろうとしている。初めて福猫が役に立った。
「私、何を言われても覚悟しているから、何でも言って」
佇む優に、真っ直ぐ想いをぶつける。
「エミ、僕は……、自信を無くしてしまったんだ」
「なんの自信?」
「エミの彼氏でいることの自信」
「え? どうして?」
「いつも仏頂面でデートに現れるから。一緒にいても笑顔もないし」
「それは……、それが私だし」
「だんだん心に揺れのようなものを感じてしまって、自分でも制御できなくなった。だから、一旦エミから離れてみようと考えたんだ」
心の揺れ?
それで別れを選ぶ?
全然理解できない。
「私じゃ、ダメだったのかな?」
「そう。今の話をしても、きっと納得いかないだろうなって思ったから、他に好きな子が出来たとウソを吐いた。君の言う通り、そんな子はいなかった。でっち上げだ」
「そう……」
断言されてしまうほど、頼りなかったということだ。
「私じゃ優の支えにはなれなかったってこと?」
何度も同じことを尋ねる私と、困る優を見かねて、福猫が会話に入ってきた。
「エミ、思い当ることがあるだろ?」
「思い当ること?」
私はあのころ、AIロボットとか言われて、友達もいなくて、いろいろあって、優がすべてになっていた。
「私……、私は……、優を支えるどころか、私を助けて支えて欲しいと願ってばかりいた……」
私は優に甘えていた。何をしても許されて愛してくれると思っていた。
いつも不機嫌な顔な私を心配して欲しいと、デートのたびに無言でぶつけていた。それは間違いだと、ようやく気付かされた。
優だって、不安や不満を抱くだろうに、そんなことはないのだと想像すらしなかった。
これでは誰だって離れていく。
優なりに悩んで出した答えが、ウソの理由を付けての別れ話だったということだ。
「……私、重かったんだね」
自分が情けなくて涙が出てくる。
「心は見えないけど、比重は確かにある。目に見えないから、気づきにくいもの。それだけに、一番大切に扱わねばならないもの」
「そうだね……」
福猫の言う通り。誰だって、心は脆くて傷つきやすい存在だ。
優に向かって頭を下げた。
「本当にごめんなさい! 私、優をスーパーマンみたいに思っていた。だけど、そうじゃないんだよね。分かっていなかった」
「今更、いいよ。僕も逃げたようなものだ」
「もしも願いが叶うなら、やり直したい」
「……」
「私は、やっぱり優が好き。離れてみて、優の存在の大きさが改めて分かった」
緊張しながら一世一代の告白をした。それを聞いた優の表情が硬直する。
「もう一度、最初から始めて欲しい」
「あの……」
優が言いにくそうに頭を振る。
やっぱりダメかと諦めかけたその時だった。
「すぐに返事は無理。しばらく考えさせてくれないか」
優が前向きに検討してくれようとしている。それだけで救われた気がした。
「うん、分かった。ゆっくり考えて」
「じゃ、これで。また連絡する」
「うん! 待ってる!」
歩き出した優の背中を、福猫と一緒に見送った。
だんだん小さくなり、街角を曲がって見えなくなった。
福猫がニコニコして言った。
「大関門、突破だね」
「優、福猫のこと、最初に驚いただけですぐに受け入れたね」
「波長が合うってのは、そういうことさ」
「そういうもの?」
分かったような、分からないような。
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