5 同居編

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 福猫について、それ以上触れずに本題に入る。 「呼び止めて、ごめん。私、優に謝りたいことがあって……」 「そういうの、いいよ」 「え⁉」  先手を打たれて断られてしまった。  しかし、ここで引き下がっては気が済まない。強引に話を続ける。 「さっきは父が優に失礼なことをして、本当にごめんなさい。優は全然悪くないから」 「親父さんのこと? 別に気にしていない。父親なら、娘の元カレを見ればああいう態度になるだろう。むしろ、そういうもの。かといって、僕が親父さんに謝るのもなんか違うと思うし、僕の方も結局親父さんを無視してしまった。だからお互い様でいいと思う」  優は優で父に気遣っていると分かって、改めて優の良さを知る。  こういうことって、どちらが悪いって話じゃなくて、それぞれの立場で守るべきものがあるということだ。 「ねえ、改めて聞きたいの。どうして私と別れようと思った? 優は優しいから、きっと言いにくいことがあったんだよね? ハッキリ言ってくれていいから。そうでないと、私はこのままでは停滞して腐ってしまう」 「あの三人がいるじゃん」  優があの三人について言及した。 「彼らのこと、気にしていてくれたんだ。あの三人は、私をとても助けてくれた。だけど、やっぱり優の替りにはならない」 「彼らが君の本音を聞いたら、ガッカリするだろうね」 「優は優しいね。だから、別れる理由は別の所にあると思えるの。優は他に好きな子が出来たって言ってたけど、相手は美乃じゃなかったし、他の候補者も全然現れないじゃない。いつも一人でいて」  言った先から、あっと思った。これじゃ、私がずっと優を監視しているみたい。  自覚した途端、顔が熱くなる。 「ごめん。見張っているつもりはなかったんだけど。私、美乃と家族になるの。父と美乃のお母さんの店長と再婚することになって」 「そうらしいね。僕もつい最近知って驚いた。それなら話していいかな?」 「やっぱり、美乃が関係しているの?」 「そうじゃなくて、彼女は君について、僕のところへリサーチに来ていたんだ」 「リサーチ⁉」  そのために、二人は一緒に登校していた。 「私のことをリサーチって……」  それはそれで複雑な気持ちになる。  ふと、屋上で優と付き合っているか聞いた時の、一瞬、間が開いた美乃の暗い表情を思い出した。  あの時、ちょっとだけ後ろめたかったのだ。 「それで、何を言ったの?」 「君のことについては、何にも喋っていない。学校で見ている彼女が全てだと思うって答えた。主に知りたがっていたのは、親父さんについてだった。彼女はいるかとか、店の評判とか、家族の仲とか。だけど、僕もそれほど詳しくないから、君が店をよく手伝っているって程度しか話していない」 「お父さんについて? ああ、そうか」  母の男関係に苦労したから、彼女なりに心配しての行動なのだろう。  少し前に引っ越してきたばかりで、父のことをよく知らない美乃は、父の関係者として思いついたのが、私の彼氏だった優であった。それで優のことを同級生たちに聞いて回るうちに、浜津美乃は田代優を好きみたいだと間違った噂が広まったのだ。  いろいろと筋道が通ったのでスッキリした。  黙ってしまった私に、怒ったのだと勘違いした優が心配そうに顔を覗き込む。 「浜津さんには浜津さんの事情があるだろうから、怒らないでやってよ」 「怒っていない。母親の再婚相手の子供が同じ高校にいたら、いろいろ調べて回っても変じゃないもの。それ位、慎重でないとね。それについては私だって理解できるから。私の方こそ、美乃に優とのことで問い詰めてしまった」  美乃の方にやましいことがなかったから、私が問い詰めても平然としていた。  その姿を思い返してみても、美乃のことは信じられる。 「いろいろ教えてくれて、ありがとう。お陰で美乃とはわだかまりなく家族になれそう」 「それは良かった」 「でも、それと別れの理由は別。そっちの答えがまだだけど」  優が黙って空を仰いだ。つられて私も頭を上げる。  アーケード街の屋根が終わった先には、透明な青空が広がり、遥か上空で薄い巻雲(けんうん)が見える。  眺めていると、魂が吸い上げられてしまいそうだ。  優は、次に福猫を見た。 「神様の前でウソは吐けないなあ」 「優……」  優が福猫の存在で正直になろうとしている。初めて福猫が役に立った。 「私、何を言われても覚悟しているから、何でも言って」  佇む優に、真っ直ぐ想いをぶつける。 「エミ、僕は……、自信を無くしてしまったんだ」 「なんの自信?」 「エミの彼氏でいることの自信」 「え? どうして?」 「いつも仏頂面でデートに現れるから。一緒にいても笑顔もないし」 「それは……、それが私だし」 「だんだん心に揺れのようなものを感じてしまって、自分でも制御できなくなった。だから、一旦エミから離れてみようと考えたんだ」  心の揺れ?  それで別れを選ぶ?  全然理解できない。 「私じゃ、ダメだったのかな?」 「そう。今の話をしても、きっと納得いかないだろうなって思ったから、他に好きな子が出来たとウソを吐いた。君の言う通り、そんな子はいなかった。でっち上げだ」 「そう……」  断言されてしまうほど、頼りなかったということだ。 「私じゃ優の支えにはなれなかったってこと?」  何度も同じことを尋ねる私と、困る優を見かねて、福猫が会話に入ってきた。 「エミ、思い当ることがあるだろ?」 「思い当ること?」  私はあのころ、AIロボットとか言われて、友達もいなくて、いろいろあって、優がすべてになっていた。 「私……、私は……、優を支えるどころか、私を助けて支えて欲しいと願ってばかりいた……」  私は優に甘えていた。何をしても許されて愛してくれると思っていた。  いつも不機嫌な顔な私を心配して欲しいと、デートのたびに無言でぶつけていた。それは間違いだと、ようやく気付かされた。  優だって、不安や不満を抱くだろうに、そんなことはないのだと想像すらしなかった。  これでは誰だって離れていく。  優なりに悩んで出した答えが、ウソの理由を付けての別れ話だったということだ。 「……私、重かったんだね」  自分が情けなくて涙が出てくる。 「心は見えないけど、比重は確かにある。目に見えないから、気づきにくいもの。それだけに、一番大切に扱わねばならないもの」 「そうだね……」  福猫の言う通り。誰だって、心は脆くて傷つきやすい存在だ。  優に向かって頭を下げた。 「本当にごめんなさい! 私、優をスーパーマンみたいに思っていた。だけど、そうじゃないんだよね。分かっていなかった」 「今更、いいよ。僕も逃げたようなものだ」 「もしも願いが叶うなら、やり直したい」 「……」 「私は、やっぱり優が好き。離れてみて、優の存在の大きさが改めて分かった」  緊張しながら一世一代の告白をした。それを聞いた優の表情が硬直する。 「もう一度、最初から始めて欲しい」 「あの……」  優が言いにくそうに頭を振る。  やっぱりダメかと諦めかけたその時だった。 「すぐに返事は無理。しばらく考えさせてくれないか」  優が前向きに検討してくれようとしている。それだけで救われた気がした。 「うん、分かった。ゆっくり考えて」 「じゃ、これで。また連絡する」 「うん! 待ってる!」  歩き出した優の背中を、福猫と一緒に見送った。  だんだん小さくなり、街角を曲がって見えなくなった。  福猫がニコニコして言った。 「大関門、突破だね」 「優、福猫のこと、最初に驚いただけですぐに受け入れたね」 「波長が合うってのは、そういうことさ」 「そういうもの?」  分かったような、分からないような。
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