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Nさん
今は穀雨。
遠くの山々にかかる霞に隠れる朧月が美しい。
此岸の者達が眠る人定の頃、私は一人、月影に照らされ淡い夜桜を眺める。
私は空蝉の者ではない。
彼岸の社で巫女として神に仕える者。
いつからか、日並みここで花鳥風月を眺め、数多時を過ごした。
旧り行くあの人はもう過ぐ世のこと。
武士であったあの人が村を離れた玉響の後、私は人身御供として河伯神に身を捧げた。
怨みなどはない。これは私の使命なのだから。
唯、私はあの人に伝えられなかった。
あの人を恋慕うこの想いを、そして、然様ならを。臍を噛む。
私は叶わないと知っていながらも希う。
思い限ることなどできない、この憂し恋草をあの人にと、袖を濡らしている。
今は可惜夜。
鏡花水月の夢見月を、泡沫の月を、私は千五百秋、眺め続ける。
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