小さなケヤキの木の下で

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小さなケヤキの木の下で

     僕の高校の校庭には、二本の大木が植えられている。  春には満開の花を咲かせるサクラと、秋の紅葉が美しいケヤキだ。それぞれ東と西にあって、それに挟まれる形で、一周200メートルのトラックが描かれていた。  サクラはこの一本だけだが、ケヤキは校舎裏にもうひとつ。そちらは(おもて)のものと比べたら遥かに小さく、そもそも校舎裏なので、滅多に生徒も訪れない場所だった。  でも、今日の僕は、その小さなケヤキの木に向かって足を進めている。  同じクラスの水瀬さんを呼び出したからだ。  長い黒髪が美しい水瀬さんは、才色兼備を絵に描いたような女性だ。その上、いいとこのお嬢様らしい。少し近づき(がた)い雰囲気もあるせいか、友達は少ない。親友の澤田さんといつも二人で行動している。  そんな水瀬さんと僕が話をするようになったきっかけは、二学期の席替えで隣同士になったこと。 「よろしくね、唐川くん」  その笑顔は、まるで女神みたいだった。しかも、遠目で見ていた頃に感じた近づきにくさとは裏腹に、実際に話をしてみると、案外気さくな人物であり……。  僕が彼女に惚れてしまうまで、数日もかからなかったのだ。 「大事な話があるんだ。放課後、校舎裏のケヤキのところまで来てくれないかな?」  僕の真剣な口調から、水瀬さんも何か察したのだろうか。いつになく真面目な顔で彼女が黙って頷いたのは、今日の昼休みの出来事だった。  それから午後の授業の間、僕はドキドキしながら過ごして……。  授業が全て終わった途端、急いで教室を出ていく水瀬さんが視界に入った。先に行って、僕を待っていてくれるようだ。  でも、あまり女性を待たせるのは失礼な気がする。だから僕も、気持ちを落ち着けるために一つ大きく深呼吸してから、彼女を追うようにして約束の場所へ向かうのだった。  校舎をぐるりと回って裏庭に足を踏み入れると、問題のケヤキの木が見えてくる。その幹にもたれかかる格好で、セーラー服の人影が一つ。  しかし……。 「あれ?」  戸惑いの声が、自然に口から漏れてしまう。  僕を待っていたのは水瀬さんではなく、その親友の澤田さんだったのだ。 「待ってたよ、唐川くん」 「いや、あの……」  今から僕は、ここで水瀬さんに告白するのだ。いくら水瀬さんの親友とはいえ、状況的に澤田さんは邪魔者でしかなかった。 「悪いんだけど、澤田さん、場所を変えてくれないかな? 僕は水瀬さんに用事があって……」 「うん、知ってる。だから私が来たの」 「えっ?」  驚く僕に対して、澤田さんは、かしこまった表情で告げる。 「良いニュースと悪いニュースがあります。唐川くん、どっちから聞きたい?」  すぐには答えられなかった。  体感としては十数分、実際には数十秒だろうか。  それほど長い沈黙の後、ようやく僕は口を開く。 「……じゃあ悪いニュースから」 「水瀬ちゃんは来ません。唐川くんの態度を見て、恋の告白だろうって察したからね。『好きな人がいるから付き合えません』って言ってたよ」 「えっ……!」  僕は絶句するしかなかった。  まさか告白する前からフラれてしまうとは! 告白すらさせてもらえないとは!  膝から崩れ落ちそうになるほどの衝撃だったけれど、 「危ないよ、唐川くん!」  澤田さんが手を伸ばして、僕の体を支えてくれた。  うなだれたままの僕の背中を、慰めるように優しくポンポンと叩きながら、澤田さんは言葉を続ける。 「悪いニュースは済んだから、じゃあ次は良いニュースね。今日から唐川くんには、素敵なカノジョが出来ます」 「えっ……?」  意味がわからず顔を上げると、目の前の澤田さんは、はにかんだような笑みを浮かべていた。 「水瀬ちゃんはダメだったけど、だから水瀬ちゃんじゃないけど……。実は他に、唐川くんを好きな女の子がいたのです! さあ、私と付き合いましょう!」  まるで何かを歓迎するみたいなポーズで、澤田さんは大きく両手を広げるのだった。  改めて僕は、まじまじと澤田さんを凝視してしまう。  女性にしては短めで、ボーイッシュな髪型。でも明るく活発な澤田さんの雰囲気には似合っていて、素敵だと思う。  そう、確かに澤田さんは魅力的な女の子だ。  しかし……。  気持ちの整理がつかなくて、すぐにはイエスともノーとも言えなかった。  いったい僕は、どうするべきなのだろう? (「小さなケヤキの木の下で」完)    
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