病床

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病床

その後ファーティングの世界では画期的な進展が何度もあった。 私が監督だったころは、シングルの試合しかなかったが、それが今や男女ペア、そして団体戦まである。 沢山の技が編み出され、様々な個性的な選手が現れた。 イギリスのアカペラグループ、ファーブルファートは、元々ファーティングの団体戦に出た男女混成のチームだった。屁で奏でる四声のアンサンブルは世界を席巻し、昨年はグラミー賞を受賞した。 スポーツファーティングは医療の面からも推奨され、リハビリの分野で取り入れていない病院はない。 私と言えば、あの鹿児島五輪を最後にスポーツファーティングの世界を去るつもりだったが、結局一生涯、この奇妙なスポーツに付き合うことになった。 そして、私の傍らにはいつどんな時でも、裕子がいた。 「裕子」 私は足も手も、手の指も動かない病床から妻に呼び掛けた。 「何?」 「今迄、ありが、と、、」 「あなた?」 「、、、」 「あなた!」 「、、、」 「あなた!!!」 「ぷう」 渾身の一発。 病室がどよめいたのがわかった。 「どう?今の」 「もう」 「何点?」 「ラフィングは満点。緊張と弛緩、流石お見事でした」 「ありがとう」 「私も」 「うん」 「ぱーーーん!」 心地よい音色が病室に響き渡った そして私は、その余韻の中で眠りに落ちた。 もう目覚めることはないだろうと思った。 ストロベリーチョコの薫りの中、私は至福に満たされていた。
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