当たり前が終わる瞬間。

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当たり前が終わる瞬間。

彼女と別れた――――彼女の浮気が原因だ。 俺よりも五つも年下な彼女とは…出会って四年、付き合って三年。 結婚も意識していた三十路過ぎ。 彼女とは同じコンビニのバイトで出会い、未だにフリーターをしている俺だったが…同棲している彼女を安心させる為に、知人の紹介を頼って福祉関係の職へと就いた。 職場は老人ホームで、利用者は約百人もいる四階建ての大きな特別養護老人ホームだ。 そんな大型な職場で、朝早くは七時~夜は十七時~開始される安定のない時間振り。 不定休で休みも安定せず、「正社員なのだから当然だろ?」と言われてしまえばおしまいなのだが…彼女との時間も失われつつあった。 極め付けの夜勤は…なんと十七時間労働と過酷であり、休憩時間はあるにはあるが鳴り響くフットセンサー、サイドセンサーの嵐におちおち休んでなんかいられない…。 この職場に来て間もないからというのもある…だが、慣れない環境で休憩時間も碌に取れない現状では休日も疲れ果てて寝るしかなかった。 職場の先輩からは「慣れてしまえばどうという事はない」と、何処かで訊いた様な言い回しを受けるが、現実そんなに甘くない。 何でこんな仕事を選んでしまったのだろうか……?とまで、最近は思ってしまっている。 福祉、奉仕が好きな訳でもなく、じいちゃん、ばあちゃんも好きになれない。 ボケてしまったじいちゃんに殴られたり、「化粧しましょうねぇ~」と、ばあちゃんに顔を珈琲で塗られた事もある…。 「もう、辞めたい…」 何度もそう思ってしまう自分がいる。 だが、寸での所で初志貫徹という言葉を思い出す…何のためにこの職場を選んだ? 同棲している彼女との未来の為なのではないか? 家に帰れば彼女がいる…。 「寂しかった」と、甘えてくれる彼女がいる…この子の為なら俺は頑張れる、頑張れるんだっ!と鼓舞する材料としては申し分なかった。 …筈なのに、彼女の様子が変わった。 唐突に「一人暮らしをしたい」と言い始めたのだ。 当然、俺は理由を訊いた…頭ごなしに反対するより先ずは理由を訊く、というのが俺のやり方だったからだ――――だが、彼女は黙った。 何も話してくれなかった…。 俺も仕事が忙しいし、疲れていたから…この時はそれ以上追及せずに話は保留になった。 それから連絡が直ぐに返ってこない時が増えた…。 彼女も仕事をしているし、友達と会っているのかもしれない…と思うようにしたが、それならそれで遅くなっても良いから連絡だけはしてほしい、と伝えた。
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