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振り返ると一柳先生がいた。学校では絶対見ることのないパープルのワンピースを身に着け、いつもより口紅が赤かった。
目が少しつり上がり、責めるように祐樹の顔を見ている。
祐樹はなぜか正面から見ることが出来なくて、そっと下を向いた。
「真白くん」
一柳先生の声がかすかにうわずっていた。一柳先生が喉をゴクンと鳴らすのがハッキリと聞こえた。
「私にフェイクは通用しない」
生徒指導主任の鋭い口調が祐樹に投げかけられた。
一柳先生の言葉に、祐樹はハッとした。
そうだ。ふたりは同じ高校の生徒指導主任と生徒の関係なのだ。教師と生徒が放課後とはいえ、ふたりで会ってもいいのだろうか?
祐樹は改めてふたりの関係について思い起こした。
一柳先生は祐樹の思いを知っているのだろうか?
今度は急に目を伏せ、悲しそうな口調で
「私が来て嬉しい?」
そう訴えるように訪ねてきた。
祐樹は顔を上げた。しっかりと一柳先生の顔を見つめた。
一柳先生ったら、指導を受ける生徒のように緊張した表情である。
今、目の前に立っているのは生徒指導の一柳先生ではなかった。
祐樹は心の中で、めまぐるしく考えをまとめていた。
(僕らどういう関係なんだろう。とっても仲のいい教師と生徒の関係なんだろうか?だけど教師と生徒が、一緒にふたりっきりで食事をするってやっぱり問題だろうか?)
そこまで考えてから、あわてて次のように路線を変更した。
(だけど一柳先生は僕の担任教師じゃないし、僕、生徒指導のお世話になるような生徒なんかじゃないから、やっぱり問題ないんだ。同じ学校にいるだけの見知らぬ他人同士なんだ)
だからといって仲よくなって何も問題ないとまでは、祐樹も言い切れなかった。
今の祐樹は、一柳先生とどう向き合うべきかで、フラフラと揺れ動いている。
それは一柳先生も同じなんだろう。
ふと明日香の言葉が心に甦る。
(卒業までの関係なんでしょう?)
祐樹は強引に答えを出した。
(そうだよね。僕ら卒業までに結論を出せばいいんだ)
一瞬、都合のいい結論ではないかと後ろめたく感じたが、強引に封印することにした。
祐樹は顔を上げて顏いっぱい、心いっぱいの笑顔を、一柳先生に向けた。
「ええ、とっても!」
一柳先生の顏がパッと明るくなった。生徒指導の教師ではなく、一柳美里、三十一歳の表情で祐樹の右手を握った。
そのままふたりは手を握ったまま歩き出した。
(いいんだよね。これで……)
自分を納得させる祐樹の隣。一柳先生が厳しい口調で話しかけてくる。
「ただし私は教師として真実は明らかにしなければいけない。さっき話していた子は?どういう関係?本当のことを言いなさい」
「幼馴染の先輩です。偶然会って話していただけです」
「私はその答えに納得出来ない」
祐樹の右手を握る一柳先生の左手の力が強くなる。生徒指導室に連れられていく生徒の気持ちが痛いほどよく分かる。
「きちんと答えなさい」
祐樹は恐る恐る一柳先生の方を見つめる。
パープルのワンピースが目の中に入ってくる。厳しい一柳先生には、濃いパープルカラーがよく似合う。
いつもより少し短めのスカートにドキリとさせられる。
「先生、ステキです」
自然と言葉が出ていた。
「えっ、そんな! それって本当のこと言ってるの。待って! 嬉しいけど、それだけじゃ騙されません。だけど本当なの?」
「本当ですって」
「待ちなさい。私の目を見て言いなさい。さっきの言葉本当に本当なの?」
「だから真実で本当ですって」
………………
to be continued
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