小籠五六の告白

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小籠五六の告白

 僕がどこまで自分の、小籠(こかご)の家について知ってしまったのか、それは僕自身にも正しく理解できているわけではない。 「ええと、それは……」  たぶんひどい顔をしてうまく答えられなくなった僕を見て、父さんは諸々の事情を把握したのか、ふぅと細く深いため息を吐き出した。 「……そうか。私は、やはり止められなかったか」 「止められ、なかった?」 「越生(えつお)、お前には永遠に隠し通しておきたかったのに。ずいぶん混乱しただろう?」 「混乱というか……みんな、言うことが微妙に違うから、どれを信じたらいいのか……」 「強いて言うなら、全員が正しいし、全員が間違っている。もちろん、これから私が話すことも」 「………」 「何を信じるかは、お前が決めるんだ」  身体の半分を失ってまだ日が浅い父さんは、上体を起こしているのに慣れないらしく大きく前後によろける。 「だ、大丈夫? お医者さんを呼んでこようか?」 「いや、良い。いずれこうなることは、分かっていた。既に、薬は最大量入っている」  父さんに繋がれた管に目をやると、その先に真新しい点滴のパックが吊されていた。 「小籠の話をする前に……。私の名前を、知っているか?」 「名前? そりゃ、知ってるよ。五六(いつむ)でしょ」 「そうだ。数字の五と六で五六(いつむ)。……上の兄弟に、(はじめ)一二三(ひふみ)二三(ふみ)三四(みよ)四五(しのご)がいた」 「……そんなの、初耳だけど……」 「もう、全員死んでいる。死因は言うまでもないだろう? 化け物の復活に必要な部位は、生命維持に支障をきたすものも多いから、足りない部分は実子から抜き出した。私が末子として生き延びたのも、ただの偶然と気まぐれだ。繁殖用以外の意味はない。親父に……いや、お前にとっては祖父か。とにかく、あの人にとって子供は実子ですらそんな扱いだった。名前すらつける価値もない、ただのナンバリング。……信じられないだろうが、そんな人間も、いる。いや、いた。そして私たちには、それの血が流れている。……だが、それがどうした。私たちはきっと、あの人みたいにはならないはずだった」  次第に薬が効いてきたのか、父さんはリラックスしたように背中をベッドの背もたれに預けて、目を閉じる。 「……だが、この有様だ。情けないよ」 「僕はお祖父さんのこと、会ったことも話したこともないんだけど……」 「それが、良い。あの人は倫他(りんた)にお前を殺させただけでは飽き足らず、倫他に自殺するように命じた」  父さんの閉じた瞼の裏では、当時の情景が再現されているのだろう。  話が進むにつれて、父さんの眉間の皺がどんどん深くなる。 「私が現場にたどり着いた時には、赤ん坊のお前が殺された直後だった」 「現場?」 「自宅の、2階だ。今は物置部屋になっている、かつて父親の部屋だった場所」  あそこ!? 「死体になったお前がなんの反応も示さないから、業を煮やした父親はナイフを投げて寄越して、今度は倫他に死ねと迫った」 「ひ、ひどい……」  簡潔な言葉で語られる過去に、思わず内心が漏れる。 「そう思えるのなら、良い子に育ってくれた証左(しょうさ)だな。ありがとう」  堅く閉じていた父さんの濡れた瞳が少しだけ開いて、僕に向けられる。 「なんで、叔父さんばっかり、そんな……」 「倫他は……倫理の(そと)を担うように決められた子供だったから」 「決められていたって……だ、誰に?」 「もちろん、製造元に。バカバカしいだろう? だから、私はもう、終わらせようと思った」 「………」 「駆けつけた私は、仁王立ちで倫他の死を待つ父親に向けて……」  父さんは両手を組んで、そして強く握りしめる。 「あの呪われた本を、叩きつけた」 「えっ? だって、僕が生まれる頃には本は出てこなくなっていたんじゃ……」 「私が、隠していた。アレがある限り、年下の弟がいつまでも汚れ役を被り続けるから。しかし、それもまた悪手だった。まさか、あんな小さい子供たちに無体を強いるなんて、私は想像もしていなかった……倫他だけではなく、加々美まで……」  握り合わされた手の甲に、伸びた爪が食い込んで今にも血が吹き出しそうだ。 「化け物に真の意味で心酔していた父親は、難なく当人剥として認められた。そして、越生が目覚めた」 「それは……叔父さんから、聞いたよ」  自分が望んだこととはいえ、叔父さんにあんなに辛い顔をさせるぐらいなら、知らないままでいたほうが良かったのかもしれない、と少しだけ思った。 「そうか。……それにしては、冷静だな」 「父さんまで、そんなことを言うの? 取り乱した方が、人間らしいって?」 「いや、そんなつもりはない。私は……あの化け物が、それほど脅威であるとは思っていない」 「……意外だね。叔父さんも、村の人たちも、みんな、怖がって畏れているのに」 「立ち上がったお前が、まず口を開いたのは倫他の名前だった」  そういえば、ワイラハイラはなぜかずっと叔父さんを名指していた。 「私が何度も、弟の名前を呼んでいたからだろう。お前の姿をしたものは、辺りを物珍しそうに見渡して、赤ん坊らしく笑った。倫他はそれをひどく醜悪に感じたらしいが、私はそうは思わない。倫他はきっと、目の前に出現した新しい本に気を取られていたんだ」 「新しい、本……?」 「正しい手順で終わらないと、本は永遠に出現し続ける。そのことを、当時の私たちは知らなかった。倫他にとって、それはようやく終わった責め苦の更なる始まりを告げるものだった。そして、父親から寄越されたナイフを握りしめた」 「………」 「てっきり越生を手に掛けるのかと思ったが、倫他が選んだのは自分自身だった」 「なんで、そんなことを……」 「自分が受肉させてしまったという罪悪感に押しつぶされたか、私が父親を消す前に自分が死んでおけば、と思ったか……。真意は、もう倫他本人にしか分からないことだ。ひとつ確かなことは、倫他は終わったばかりのワイラハイラを、またはじめようとした。自分の左手首を切り落とそうと、ナイフを振り上げたが……私は、それを看過できなかった。父親という存在に、良いように利用されるだけの人生なんて、真っ平御免だったから。どうにかして意趣返しをしたかった。だから、倫他を止めた。後ろから羽交い締めにして、小さな身体の動きを封じた。すると、手元が狂って……」  父さんの話に聞き入っていたら、唐突に病室の扉が開く音がした。  ナースコールを押した覚えはないけれど、おそらくお医者さんの問診の時間になったのだろう。  目が覚めたばかりなのに、ずいぶん長時間喋らせてしまった。  父さんの容態を診てもらおうと、父さんの傍から腰を浮かせる。 「懐かしい、話……ですね」  そう言いながら、病室に足を踏み入れたのは叔父さんだった。 「手元が狂って、あの時は指しか落とせませんでした。こちらがその、無様な産物です」  いつもはしっかりと結んでいる左腕の袖をほどいて、行き場を失った左手を蛍光灯の下に晒す。  左右非対称に笑う叔父さんは、僕と父さんに向けて深々とお辞儀をした。 「親愛なるお兄さん。お目覚め、おめでとうございます」
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