三話 犬が嫌いな理由

1/1
前へ
/42ページ
次へ

三話 犬が嫌いな理由

子供達や、野良猫が掘り返さないような木の影に、深く穴を掘り、そこに子猫を寝かせれば、おやつを入れてからそっと砂を掛けていく 申し訳無いけど、その周りに重みのある石を乗せ、簡単には掘り返せなくさせれば両手を合わせ、御別れを告げる 「 …ちゃんと御別れをしてるんですね 」 野犬は私がする事を許したように、近くに座り耳を後ろへとペタリと下げたまま背を丸め、石の方へと視線を向けていた    落ち込んでるのは雰囲気で分かる為に、少し息を吐いてからコートをズラし、傷口を見てから其の場を離れる 「 では、私は行きます。余り無茶はしないように 」 穴を掘ってる間も止まらなかった血に不味いなと思い、車に戻りコートを脱ぎ、腕をキツく紐で縛れば、そのまま病院へと向かった あの野犬を病院に連れて行くことは無理でしょう 触れようとすれば牙を剥き出し、容赦無く噛み付こうとしてくる 流石に、何かのアニメで見たように 怖くない、と語り掛けながら咬まれ続ける趣味は無い だから放置する事に決め 土曜日のせいで、急患用しか空いてない病院へと向かった 「 こんなになるまで咬まれ続けるなんて…狂犬病でも持っていたら、君…死んでいたよ? 」 「 ……そうですね 」 「 取り敢えず感染病を持ってるかもしれないから、注射打っとくね 」 「 はい、お願いします 」 早々に死ぬ気はない 家で待ってる猫達がいますし、仕事も沢山ある 野犬から病気を貰って倒れたくない為にちゃんと検査を受けて、感染病の予防注射も打たれてから、病院を後にした 包帯をされたが、痛むし痕は残るだろうと言われた 其れだけあの野犬も必死だったのだろうけど、流石に咬むなら殴っていた少年達だろうって思う 「 いや、少年達を咬まなくて済んだならいいですね… 」 あの犬が少年を咬めば、教育委員会が動き、 他の野犬も捕まるだろう それは流石に避けたいから、野犬が我慢していただけ良しとしよう 「 ただいま…戻りました 」 予定より遅く帰ってしまい、荷物を持って部屋へと入れば、玄関で出迎えてくれる子達は、近付いてきたものの直ぐに毛を膨らませて走って逃げていく  「 流石に…嫌われましたね。直ぐにお風呂に入りましょう… 」 玄関先で着ていた服を脱ぎ、袋に入れそのまま脱衣場の洗濯機に放り投げ、洗濯を回し始める 先に手を洗い、買ったものやらを片付けては、風呂へと入り野犬の臭いを消す 触れてないとはいえ、近くに居ただけで服に匂いが染み付く程に野性味ある匂いがするなら、どれだけ洗ってないのか想像しただけで眉は寄る  「 やっぱり野良は臭いですのよ…。社長…良く、拾いましたね… 」 あの人は、怪我してたからと拾って車に乗せたらしいが、私は嫌だ 前に数頭の野犬を車に乗せたこともあるが、その時もずっと臭かった 犬の独特な匂いには慣れないと思い、隅々まで洗っては、風呂から上がり、餌の準備をする 「 あ……。また、癖が…… 」 十二枚の小皿を並べてからやっと気付く はっ、と小さく息を吐いては小皿を片付け、他の十一枚に餌を入れ、スタンドへと置きに行く 「 …ソールは、ゆっくりと食べる子ですからね… 」 この並んでいる子に居たのなら、のんびりとマイペースに食べてる姿が見えたでしょう 半分ほど残して立ち去って、また気が向いたら食べる様子に猫らしい子だと思っていた 居ないことを実感し、ズキッと痛む腕をそっと触れてはリビングのソファーに座り、買ってきていたコンビニ弁当を開け、割り箸を持ち、口へと運ぶ 何気無く腕を撫でるのは、咬まれた傷がやけに痛むからでしょう 日曜日 冷たい風と共に雨が降り、地面に水溜りが出来る程の大雨となった あの、野犬は流石にいないだろうと、外を見て思いながら軽く腕に触れ、猫達の方へと戻る 「 今日は雨ですね、ゆっくり遊びましょうか 」 ゛ ニァー! ゙ 匂いが取れたお陰で逃げていた子達も戻って来てくれた事が嬉しくて、そっと一匹を抱き上げれば、光ったと同時に、背後に鳴り響く雷に一瞬肩は揺れ、猫達も一斉に影へと隠れた 「 流石にね……? 」 こんな雨が強く、雷が鳴り響く中で、木の傍と言えど野良犬がじっとしてるようには思えない 普通なら立ち去るだろうと思うから、有り得ないと思い込み、外から視線を外す 「 はぁー…… 」 今日はやけに時間が経つのが遅く感じる 猫達は雷の音に慣れて、ゆっくりしているが、私自身がさっきから歩き回っている  時計を見れば十五時を過ぎていた   そろそろ外も暗くなり、あの黒い犬が見えなくなると思うと、深い溜息を吐き出す 「 私が、ゆっくり寝る為なので! 」   そう言い聞かせ、何故か大きな布を持ち、傘を差して車へと乗り込み、後ろの座席にそれを置いてから、車を走らせた 何処かに行って欲しい 私は猫は好きでも、犬との相性は合わない 十一匹の猫達がいる中で、あんな狂暴な犬をどう扱えばいいのかも分からない だからこそ、どうか居なくなってて下さい そう願って、公園の脇に車を止めて傘を差して、あの木の傍へと掛け走った 「 っ……だから、私は…犬は嫌いなんですよ!! 」 あの黒い野犬は、子猫を埋めたすぐ傍で倒れていた 身体が濡れ、流れる土で汚れても尚、動く事なくそこにいる いや、もう動けないのかもしれない あれだけ殴られて血が出ていたんだ 分かっていたはずなのに、立ち去ると思っていたから、咬まれた腕が痛む  「 抵抗する気力があるなら、立ち去って…くださいよ……。もう、死んだ子は帰って来ないんですよ!飢え死にする気ですか!? 」 私が…こんなにも犬を嫌うのには、 小さい頃の記憶があるからだ ……… ………… …………… 昔は、犬も猫も両方好きだった どっちも家に居て、両親は動物が好きな優しい人だった 十一歳になる三毛猫のリリーと、六歳になる雑種のタローがいた 小学六年生になる私にとって、タローの世話は日課で、朝早く起きて散歩に行って、 学校から帰れば尻尾を振って待っているタローを抱き締めて、散歩へと連れて行った そんな平和な日常が終わりを告げる 「 あぁぁぁ……!! 」 両親は事故で帰らぬ人となった 小学六年生にして、初めて失った人が両親で、私は泣きながら亡骸に縋りついていた 泣いて、泣いて、やっと泣きなんだ時には 私の引き取り手となった祖母の元に、リリーとタローを連れて住むことになっていたんだ  リリーは環境にはなれなかったけど餌を食べ、いつものように遊んでいた けれど、タローは大好きだったお父さんを失って悲しいのだろう、あの日を境にピタリと餌を食べなくなった 「 タロー、食べて?ご飯だよ…パパも、タローがご飯食べなきゃ…悲しむよ… 」 私は一番の友達と思っていた 寧ろ、家族であり兄弟と思っていたけれど タローはこちらに顔を向けることなく、餌に口を付けることは無い どんなにおやつを与えようとしても、焼いた肉を与えようとしても、タローはいつも何処か遠くを見て、お父さんが帰ってくる十八時半には悲しそうに鳴いていた そして、タローは何も食べなくなって三週間後 学校から帰っていたら、うつ伏せになって亡くなっていた 「 犬って…なんで、そんな…死んだ人を待つの…。俺じゃ、駄目なの?なんで…俺じゃないの… 」 私も、タローと過ごした八年間がある そりゃお父さんが世話するのに比べて散歩と遊ぶことしかしなかったけれど、それでも一緒に居たと思っていた けれど、タローにとって私よりお父さんが良かったんだ それを見てから、忠実で、健気で、誰かを待つような犬を苦手になった 社長が嬉しそうに話すのを知ってる  犬がどれだけ人間想いなのかも知っている けれど、それ以上に居なくなった時に辛い事も知っている 「 タロー……… 」 リリーはずっと側にいてくれた けれどそれは気紛れであり、自分の触れてほしい時しか来なかった 死ぬ間際、姿を消すように押し入れの奥で亡くなったのを見て、猫が良いと思ってしまったんだ 気紛れぐらいがいい きっと私がなにかのきっかけで死んでも、 猫達が待つことは無いだろうと思ったからだ 犬のを飼うのは止め、リリーを失ってから祖母の家にペットは居なかった そして、高校に入る頃に祖母は亡くなり 私はそのまま学校の寮へと入り、勉強を続け、 十八歳で社会人となり、初めて里親募集の猫を飼ってからはずっと猫と共にいた それで良かった… なのに…… 「 …私は、また…犬と会うなんて… 」 グツリと痛むのは咬まれた左腕だろうか、 それとも胸なのかはわからない そっと野犬へと触れれば、密かに息があった事に触れた手を握り締め、車へと走っていた そのまま持って来ていた毛布で包み、抱き上げてから車に乗せ、日の出動物病院へと急いだ 「 救急の野犬を連れていきます。どうか、どうか…助けてあげて下さい 」 ゙ 分かりました。直ぐに手術が出来る準備を致します ゙ これでは社長の二の舞いじゃないか あの人はそのまま飼っただろうけど、 私は飼いきれる自信がない 日の丸動物病院へと連れて行き、直ぐに手術台へと乗せられた野犬は、意識を取り戻したのか、唸り声を上げ周りが誰だろうと咬みついた為に、睡眠薬と共に安定剤が打たれ検査になった 「 猫澤さん、カルテの記入お願いします 」 「 はい…その、咬まれましたよね?すみません… 」 「 大丈夫ですよ。慣れてますので 」 「 本当に…すみません… 」 咬むような野犬を連れて来てしまった事に申し訳無く思い、深く頭を下げてから差し出されたカルテを持ちソファーへと座る 「 飼い主様へ……か…… 」 飼い主…に、ならなきゃいけないのだろうか…… 人を噛むような野犬なら、手当てを終えれば保健所だろうか 「 はぁ…気が重い…… 」 少しだけカルテに記入するのを後回しにし、気持ちを落ち着かせてから、ペンを走らせた 五歳程度のオスらしく名前を゙ ロボ ゙と名付けた 昔、シートンの動物日記で読んだ賢く仲間想いの狼の名だ カルテには狼犬と種類を書いたが、無理あるでしょうね… 如何見ても、社長の愛犬と同じ゙狼゙ですよ
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

142人が本棚に入れています
本棚に追加