金木犀怪談~無実なんです、信じてください!~

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 それは、北浦愛香が、まだ高校生だった頃のこと。    *  世の中には、金木犀の香りのフレグランスがあるらしいよ。  しかも、限定販売なんだって。  季節ものだからね、メーカーさんも残っても困るだろうし。仕方ないよね。  秋とは名ばかりの暑いある日の昼下がり、城山雪彦は食堂の下膳コーナーで、そんな話を耳にした。 「大沢さん、金木犀好きなの?」  大沢さんは、雪彦と同じ部署のおば……お姉様である。居並ぶお姉様と並んでお喋りに興じつつ、手際よく膳を下げている。  燃える燃えない燃やさない、回収生ゴミ飲み残し。雪彦だって長年の習慣のお陰で、片付けながら話し掛けるのも朝飯前だ……昼飯後だけど。 「好きなのよー、まりもがね」 「あー、まりちゃんか」  大沢さんには、まりもちゃんというお嬢さんが居る。年の頃は雪彦の従姪の愛香と同じくらい、だった気がする。 「もうさー、まりが、騒いで騒いで。この前ネット販売があったらしいんだけど、瞬殺完売だったみたいでね」 「ふーん、大変なんだー」  最後にお盆を積み重ね、ご馳走様ですと奥に声を掛ける。 「で、店頭販売に、学校休んで行ってやる!!って言うから」 「え」  雪彦は耳を疑った。  従姪を溺愛している雪彦の脳内では、先程からまりもと愛香がほぼイコールになっている。危険人物すれすれレベルで動揺が激しい。 「受験生、だよね?」 「受験生なのよ」  大沢さんは、重々しく頷いた。  今の子って、怖い物知らず過ぎないか。  フレグランス欲しさに学校休む受験生。ダメだろそれ。  しかし、そんなに?  そんなに欲しい金木犀?  それはそれで、気にならないでもないような話の気がして来たのだが。 「どうしても欲しいって言われちゃったから、半休もらって私が買いに行くことにしたのよねー」  愛香(と同じ年頃のまりもちゃん)が、どうしても欲しい、と。  気になる気がし始めてしまった雪彦の耳に、大沢さんの追加情報が注がれた。
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