木を植える老人

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木を植える老人

国外れの国境沿い。隣の国との間には、ぽっかり空いた空白の土地があった。だだっ広く土地は荒れている。岩石ばかりが転がっていた。 お互いにこの空白地帯を侵さないという取り決めをしたわけではない。それでも暗黙の了解のように、その空白地帯には武器や軍隊、兵士を置くことはなかった。 ひとりの少年が空白地帯に向かって歩く。素足だったが足の裏は硬い。ちょっとやそっとの瓦礫では、傷を負わないほど皮膚が分厚くなっていた。空から射るような太陽の光が少年の腕や足、顔を黒々と染める。半袖に短パンの少年が軽々と岩石を飛び越えていく。目指す先には緑のか細い木々がある。そのそばにしゃがみこんでいる一人の老人を見かけて叫んだ。 「おおおい!今日はどれぐらい植えたのかい?」 少年の声が届いたようで、老人が立ち上がり笑顔を向けた。少年と同じく黒々とした肌の色をした男だ。ただし、棒のように細い少年の足や腕と違い、鍛え抜かれた筋肉が盛り上がっていた。少年のまわりにいる大人よりも大柄だ。昔は兵士でもやっていたのだろう。 「さて、今日はあと十本ほど植えたいと思っているんだがね。水もやらねばならん。難儀だよ」 隣の国と自らの国の国境沿いにある空白地帯。ここに木を植えようという酔狂な考えをもつ老人を見つけたのは、数日前のことだった。どこから調達してくるのか、木は日を追うごとに増えていった。少年は近く巨岩によじ登り、老人が木を植えて世話をするのを眺めていた。手伝うわけではない。そんなことしたって無駄だと知っているからだ。 「おじいさん。せっかく木を植えても無駄だよ。兵士に引っこ抜かれるか燃やされるかするさ」 少年の意見には耳も課さずに黙々と木を植える作業を続ける。老人がいつから木を植え始めたのか少年は知らない。それどころか、この老人がどこの誰かも知らなかった。少年は自分がいた町の方を眺める。自分たちの国を支援する外国人か、戦争の被害に遭う自分たちに同情したボランティア団体だろう。それぐらいにしか思わなかった。 「火は強いよね。爆弾もだ。なんでも壊せるし破壊できる」 それに比べて森や木は軟弱だ。刃物で伐られ、火で燃やされ、何もなくなってしまう。少年は強い兵士になれるよう訓練を受けていた、臆せず闘い国を守るための強い兵士だ。それが自分の生まれた定めだと思ったし疑うこともなかった。 「そうだな。火は強い。火があるおかげで煮炊きはできるし、夜も明るく照らせる。だが、木はもっと強い。汚れた大地を癒し清い息を吐き、生命を育む。長い年月をかけて育った木には神々が宿る」 「おじいさん、木に神様なんか宿らないよ。神様はただおひとりだけさ。他に神様なんかいない」 老人は少年にちらりと目を向けると黙って作業を続ける。退屈になった少年は布の中から食べ物を出してもそもそ食べるとその場を去った。もうすぐ訓練が始まる。少年は弱かったが見込みがあるとほめられていた。強い戦士になり、唯一絶対神のために戦うのだ。 少年はもう一度振り向いた。もうしばらくすると戦争がはじまるという噂だ。あの老人に木を植えることはやめて安全な場所へ行けと叫びたかった。
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