一本の苗木

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一本の苗木

老人の後を追っていくと巨岩があった。目を見張ったあとに、まざまざと昔の記憶がよみがえる。少年のころ、あの岩によじ登って老人が木を植える姿を見ていた。強い兵士になることを夢見て、老人の行いを無駄だと判断したのだ。 「この岩の下には、俺の部下が眠っている」 「部下というと、あなたはやはり兵士だった」 はやる心臓を抑えるように胸に手をあてた。 「俺は隣の国の兵士だ」 腕のない老人の目に光が宿る。訓練されたせいか、敵と遭遇した場合にどうするか様々な対処法が浮かんでは消えた。それから、すっと光を抑えた。無意味な反応だと気づいた。 「俺は兵士として確かに優秀だった。部下にも恵まれてな。この地で死んだが、闘った相手のリーダーができた方だった。俺の武勇を認めてくれたんだ。負けた兵士としてさらし者にはせず、こうやって埋葬してくれた」 巨岩に手を当ててゆっくりさすった。老人の手に虫がふれたが、特に気にした様子もなく岩の上をはっている。 「それで、なぜ木を植え始めたのですか?あの世へは逝かなかったのですか?」 「あの世に逝くには俗物すぎたんだろうな。この戦乱の行く末を見届けたかったし、自分が闘った意味を知りたかった」 過去のリーダーの声を、腕のない老人はしんと聞いていた。高らかに歌う鳥の声が響く。枝がしなり鳥が飛び立つ音まで聞こえた。 「どれぐらいの時が経ったか分からない。戦争を終わらせるのは無理だと悟った時、どこかに共存できる場所があればいいのにと思った」 腕のない老人に空白地帯の荒野が浮かんだ。お互い侵入することのない、誰のものでもない土地があればいいと考えた。 「そうしたら、荒れ地が広がったんだ。思ったことが現実になったようで面白かった」 懐かしそうに目を細める老人の口調はやわらかい。 「次は木があればいいのにと思ったな。日差しが照りつけて辛かった」 これにも腕のない老人はうなづく。滴り落ちる汗を冷ます風が、屋外にあるなどありえない土地だった。 「そしたらな、目の前に苗木が差し出されたんだよ。小さなひょろひょろの苗木でな。すぐに吹き飛ばされてしまう弱々しいものだった」 植えたらまた苗木が差し出された。誰が差し出しているかなど考えもせずに受け取った。夢中になって植えていく内に、森になればいいと考えた。木が育っていく様子を見るのは楽しかった。 「武器ばかり見ていた俺には新鮮だった。こうして育っていくものがあるのが嬉しかった」
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