勇者よりも大切な人

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「ねぇ、ライ。いいじゃないですの。また来年挑戦すれば」  ふさぎこんだライに何と声をかけたものか迷いながら、明るい声を出す。本当は気を抜いた瞬間泣いてしまいそうなのに。  でも、私が泣いたらライを困らせてしまう。今は私がライを(なぐさ)める時だ。  幸い、ライに大きな怪我(けが)はなかった。すり傷がほんの少しあるだけ。  深刻なのは、むしろ精神的なダメージの方だった。 「俺が悪いんだ。あの時、気を抜いたから」  ライ曰く、攻撃をするときは、防御への意識が低くなるらしい。だからこそ相手からの攻撃に警戒しなければならないのだと。  しかし、ライは、(わず)かに気をそらしてしまった。その隙を見事に突かれたのだ。 「何を、考えていたんですの?」  口に出してから、しまった、と思った。尋ねるつもりはなかったのに。責められているように感じはしないだろうか。  それに、ライの答えを聞くのが怖かった。大会に集中するために私との結婚を先延ばしにまでしたのに。  その大事な試合よりも優先した考えは何だったのだろう。もしそれが別の女の人だったら。  そこまで考えて、ため息が漏れた。こんなときまで自分のことばかり考えてしまうなんて。自分が嫌いになりそうだ。 「……これで、胸を張ってお前と結婚できるなって」  だから、聞こえてきた言葉はあまりに予想外だった。 「え?」 「お前の家は裕福(ゆうふく)だろ。俺だって貧乏ではないけど、きっと実家にいる時より苦労させる」  とりあえず私は相づちを打った。話の筋道がまったく見えない。 「だから、せめて強くなってリリーを守ろうって思って……。四連覇(よんれんぱ)したら初だろ、そしたら俺が一番強いって言える」  けどもうダメだ。吐き捨てるように、ライは言った。 「えっと、それは、つまりどういうことですの?」  ずっと、ライは「勇者」になりたいのだと思っていた。そしてそれは間違いではない。間違いではないけれども。  もしかして私たちは、重大な思い違いをしているのかもしれない。 「お前に相応(ふさわ)しい男になりたかった。幼馴染(おさななじみ)だからとか関係なく、俺が結婚相手で良かったって思ってほしかった」 「だから『勇者』になろうとした、と?」  ライはうなだれた。それが何よりの肯定(こうてい)(あかし)だった。  笑いがこみ上げてくる。笑ってはいけないと思いつつも、おかしくてたまらない。  なんだ、そうだったのか。こんな簡単なことに、どうしてお互いに気がつかなかったんだろう。  私の笑い声に気づいたライが、不思議そうに顔をあげる。私はとびっきりの笑顔を贈る。 「私は、あなたに『勇者』になってほしくなんかなかったんですのよ?」 「え、でも」 「私はてっきり、あなたがどうしても『勇者』になりたいんだと思ったから」  そう、気づいてしまえば簡単なことだ。  私たちはお互いに相手を尊重して、守っているつもりになっていただけだったのだ。 「じゃあ、俺に絶対勝てって言ったのは?」 「負けてもいい、と言うよりご利益(りやく)がありそうでしょう?」 「はは……なんだそれ……」  ライは力なくつぶやいた。心配になって顔を(のぞ)き込もうとするが、その前に震える肩が目に入った。  その震えは次第に大きくなり、やがてライは顔をあげて、ははは、と声を出して笑った。 「結局、二人でめちゃくちゃ遠回りしてただけかよ……!」  顔を見合わせて、またおかしくなって二人で笑った。こんな喜劇みたいなことが本当に起こるなんて思いもしなかった。  どうやら私たちに足りなかったのは、お金でも愛情でも力でもなくて、言葉だったらしい。 「じゃあさ」  不意に、ライが言った。やけに緊張した面持(おもも)ちをしているせいで、私の心拍数(しんぱくすう)まで()ね上がる。 「『勇者』の名前は逃しちまったけど、それでも俺と結婚してくれますか?」  まっすぐな眼差(まなざ)し。  ライは汗と涙と鼻水にまみれているし、私の髪や服も砂ぼこりで台無しになっている。劇に見るようなロマンチックさには欠ける。  でも。 「あら、あなたって意外とお馬鹿なんですの?」 「お前な、馬鹿ってなんだよ」  だって馬鹿としか言いようがない。私の答えはずっと前に決まっているのに。 「私は『勇者』じゃなくてライが好きなんですのよ? ……答えは決まってますわ」  そう言って私はライの頬に唇を押し当てる。すぐに、ライに背を向けて走り出した。  せっかく気取って返事をしたのだ。真っ赤に染まった顔を見られてしまったら台無(だいな)しだから。
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