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第十話「ゴキブリと共存共栄」(フーゾクのオネーチャンのリョウにトツニュウ)
『ふうぞくのおねえちゃんのりょうにとつにゅうや』
『フーゾクのオネーチャンのリョウにトツニュウ?』
『そや、風俗のおねえちゃんの寮に突入や、行くか?なわないはん』
『行きます行きます。死んでも行きます!トツニューーー!』
「フーゾク」と言う言葉はもちろんだが「トツニュウ」と言う言葉がやけに僕のスケベ心をそそった。
『よっしゃ、それでこそ男や』
『ところで仕事は何ですか?』
『ゴキブリ駆除や』
『ゴキブリ!!いやです。死んでも行きません』
『あかん、もう遅い、男に二言はない』
――――
フーゾクのオネーチャンのリョウの前にトラックを止めて、大将は何やら怪しげな道具を降ろしはじめる。
どれらも旧日本軍が使っていた様な年代ものだ。
「ええか、今から手順を言うで」
「はいはい」
「しっかり覚えといてや」
「はいはい」
「まず、これはガスマスク」
「はいはい、古くてボロいガスマスク」
「ひとつしかないから、これはワシが着ける」
「はいはい、えーーーっ、それはズルい」
「まあ、最後までよう聞け。噴霧器やら何やらでワシは両手がふさがってしまう」
「はいはい、デカくて重いガスマスク」
「まずはじめに、なわないはん、あんたがこの鍵でドアを開ける。部屋は20ある。鍵も20ある」
「はいはい、部屋が20個あれば鍵も20個は当たり前」
「あんたがドアを開けるとワシが中に突入して、これ、この噴霧器でドバッと超強力殺虫剤をまく」
「はいはい、超強力殺虫剤!えっ超強力!!」
「ああ、そやから最後まで聞け。で、ワシがまき終えたら、あんたはドアを閉めて鍵をかける」
「はいはい、僕は鍵を開けて閉めるだけの簡単作業」
「そや、簡単や。ただし、そのあいだは、息を吸うたら絶対あかん」
「はいはい、そのあいだ、息を……息を吸ったら?」
「確実に、あの世行きや!」
カ・ク・ジ・ツ・ニ・ア・ノ・ヨ・イ・キ…………
――――
作業が始まった。
まず、僕はビルの外に出る。
空気を吸えるだけ吸う。
一番手前、101号の鍵を手に握る。
そして、息を止めて猛スピードで101号へダッシュ!
鍵を開け、ドアを蹴る。
待ち構えていたガスマスク装備の大将が突入し、ドバッと超強力殺虫剤をまく。
(作業時間約1分)
大将が振り向いて作業終了OKサインを出す。
と同時に、ドアを閉め鍵をかけ廊下を駆け抜け無呼吸のまま外まで。
『はあはあ はあはあ』
僕はまだ生きている。
空気がこれほど美味しいと思ったことはない。
1部屋目終了。
まあ、これ位ならなんとか行けるだろう。
が、ここでハタと気が付いた。
101号室は近いが、120号室は遠い!
案の上、中盤からはかなり厳しい闘いになってきた。
しかし、何とか最後の一部屋。
ここで思わぬ事件が起きた。
最後の120号の鍵を閉めドアを閉じた途端
『バタッ』
大将が倒れたのだ。
「あかん、マスクの隙間から毒が入った」
「やばい、大将、早く逃げましょう」
「いいや、ここで、さよならや……短い付き合いやったけどワシはあんたとホンマにええ、ともだ、ぐふっ」
「死ぬな大将、さあ、僕につかまって!」
「ぐぐ……ぐ…ぐ…ぐっぐ……」
「生きろ!生きるんだ大将ーーーーほらっ」
「はっ、僕も息を吸ってしまった!」
――――
「んと、人を驚かすのもいい加減にして下さいよ」
「あははは、あんたがあんまり真剣な顔して走り回るので、ワシも真剣に演技したろ思てな」
帰りのトラックで大将は上機嫌で笑う。
「そもそもトツニュウと言う言葉からして怪しかったんだ」
「ウソつけ、ワシが突入言うた途端、あんた興奮状態やったやないか」
「まあ、多少興味はありましたがね」
「そやけど、冗談は置いといて超強力殺虫剤」
「はいはい、大将が吸った毒ね」
「(笑)薄めとる言うてもやっぱりあんまり吸うと体には悪いからな。そやからあの世行き言うたら、のんびり屋のあんたでも必死で働くやろ思うてな」
「まあ、確かにそれは言えてますけど……。ほんとはもっとキツイんですか、あの薬」
「ああ、原液やったら、ほんまに危険やで。そやけど、そんなんまいたら当分、部屋に人間は住まれへん」
「ゴキブリは?」
「まあ、今日の薄め具合やったら、半分おだぶつ位やろな」
大将が大仰に両手足をバタバタさせゴキブリがのたうち回るポーズを真似る。
「残りの半分は?」
「偶然、隅とかにおって無事やったヤツやろな」
大将は続ける。
「そやから、リピートがあるんや」
「生き残りがまた増えて……」
「そや、いっぱい増えて」
「また仕事」
「そや、つまり、ワシらはゴキブリと共存共栄の仲やと言うこっちゃ」
ゴキブリと共存共栄か……。
全然違うような気がするが、非常に正しいような気もする。
「なわないはん」
「はい」
「ビールでも飲みに行くか!」
「いいですね」
「来月もリピート来てくれて言われたし……」
「ぜーーっーたいに死んでもイヤです!!!!!!」
<おまけ>
今思うと、当初フーゾクのオネーチャンの部屋はどんなだろうかとワクワクしたのだが、まったく記憶がない!
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