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第五話「心のふりかけ」
便利屋の手伝いを始めた頃から、どうも理解できなかった事がある。
『ワンルームの引越しなんですが、手伝ってくれませんか』
『タンスを移動したいんだけど、この歳じゃねえ』
『電気のカサを付け替えてほしい』
僕の事務所にかかって来る依頼のほとんどが、隣近所・友達に助けてもらえる仕事だ。
「近所で困っている人がいても、知らんプリの世の中になった証拠でしょうか?」
「いいや、ワシも最初はそう思たけど現場に行ったらちょっと違うんや」
「違うって?」
「困っとる事を金で解決したほうが気が楽や言うんや」
「気が楽?」
「ああ、近所の人や友達に頼んだら、お返しをせなあかん。一杯飲まさなあかん」
「確かに」
「役所に頼んだら来てくれるけど、なんやらケッタクソ悪い」
「まあ、わかる気もするけれど」
「ウチに頼む人は大抵そう言うんや。そら淋しい世の中になった言うたらそうかもしれへん。ない方がええ仕事や言うたらそうかもしれへん。そやけどワシらがおらんと困る人がおる事も確かや。その証拠にワシら営業しとらんやろ、電話帳とあんたが作ってくれたインターネットのなんちゃらに上げとるだけで電話がかかって来るやろ。それは電話番してくれてるあんたが一番よう知っとるやないか。あんまり考えんでもええんちゃうか?……そう、そや、ワシらは困った人の心を埋める、ふりかけみたいなもんや、な、ワシらは心のすき間を埋める、ふりかけ、心のふりかけや」
いつもポツポツとしか話さない大将にすれば大熱弁だった。
その割には悪いけれど、まったく答えにはなっていなかった。
そして最後の、妙にぽっこり浮かび上がった『心の隙間を埋めるふりかけ』のフレーズ。
いつもの定食屋で大将がテーブルに置いてある「かけ放題のふりかけ」にちらっと眼をやったのは分かった。
(その時、一瞬、大将がホッとした表情をしたのも分かった)
僕は『それ、本当は自分に言い聞かせた言葉でしょ』とは言わず、もう一本、ビールを頼んだ。
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