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第九話「おじいちゃんの人生をゼロにする仕事」
四つ目の洋服ダンスを開けて、僕は理解して絶句して、その場にしゃがみこんだ。
さっき、車椅子に乗せられて通り過ぎた、うつろな目をしたおじいちゃん。
あのおじいちゃんの人生を、僕は今、ゼロにしている。
――――
「おじいさんはもうこの家には帰ってくる事はないと思うんです」と、打ち合わせのケアマネージャーが淡々と説明をする。
「家の中の物をすべて出して、ゼロの状態にして、きれいに掃除をして下さい。それがご家族からのご依頼です」
僕たちの仕事はそう言う事だ。
全部、ゼロにする。
大将はじめ5人でゼロにする作業にかかる。
――――
体力のない僕は、洋服ダンスの中身の服を、全部、ビニール袋に入れる係を任された。
それにしても広い家だ。
そして、おじいちゃん、一人暮らしだった割に洋服ダンスが多い。
いち、に、さん、し、五竿もある。
僕は、まず一番端のタンスを開ける。
と、おいおい、懐かしいVANのジャケットやトレーナー、そしてアメリカ製だろうミッキーマウスがプリントされた年代物のTシャツ。
これって一体、何年前のものだ?
アイビールックが好みだったと見えて、Vネックのセーターなどがぎっしりと吊るされている。
続いて次のタンス。
今度はスーツがずらり。
タイトなワイシャも多い。
ただ、あまり上物はなさそうだ。
僕は次々とそれらをゴミ袋に押し込んでいく。
続いて三つ目のタンス。
開けると唸った。
こっちはかなり高級なスーツがずらり。
あまりオシャレじゃない僕でも、アルマーニぐらいわかる。
ネクタイは50本ほど。
どれもこれも高級品だ。
「くれぐれも言いますが、どんなモノでも一切合切、すべて廃棄処分して下さい」ケアマネージャーの言葉を思い出す。
僕は、それらを無造作につかんでは新たなゴミ袋に入れる。
続いて四つ目のタンス。
さてさて、ここにはどんな高級なスーツが入っているんだろう?
と、空けてみると中身は作業服、それもペラペラで汚れがついたまま。
僕はもう一度、一つ目からの中身を思い出す。
一つ目は大昔のアイビールック
二つ目は安物のスーツ
三つ目はブランドのスーツ
四つ目は薄汚れた作業着
このタンスたちは、おじいちゃんの人生そのもの…………。
僕は少しのあいだ、しゃがみこんでおじいちゃんの人生を思った。
このマンションが建って40数年経つと言う。
おじいちゃんは新築からここに住んでいたそうだ。
オシャレな若い頃から仕事が順調に行って、どんどんといいスーツを買って、定年退職。
そのあとは、アルバイト。
そして身体を壊して、寝たきりで意識もほとんどない今。
僕は最後のタンスを開ける。
ああ、やはり予想通り、汚れた下着類がぽつりぽつり。
僕は最後のおじいちゃんの人生をゴミ袋に詰めていく。
僕は今、おじいちゃんの人生をゼロにしている。
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