ある夏の青春

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 (セミ)の鳴き声に支配された空間での会話では(らち)が明かない。私はアオを連れて、強引に図書館の談話スペースに連れ込んだ。眉を寄せたアオは、文句を言うのすら面倒だとでも言いたげに、口を一文字に引き結んでいる。 「で、どういうこと」 「どうもこうも、お前ニュース見てないのかよ」  小馬鹿にしたアオの口調。そうだ、アオはこういうやつだったっけ。苛立ちよりも感慨が勝る。 「ニュース?」 「知らねえの、お前マジでアホだな」  (うめ)いたアオはため息を吐いた。その面持ちは浮かない。 「ま、関係ないやつからしたらそんなもんだよな。人口爆発を防ぐために『間引(まび)き』するんだってさ」  人口と「間引き」という言葉が咄嗟(とっさ)には結びつかなかった。加えて、さっきのアオの『MOTHERに殺される』という言葉。アオが言わんとしていることは一つだった。  アオは、「間引き」の対象者に選ばれてしまったのだ。 「え、まさか、アオが」 「だからさっきからそう言ってるだろ」  私の怒涛(どとう)の質問攻めに、アオは冷静に答えていった。通告が来たのは昨夜で、期限は1ヶ月。別れを終えて、踏ん切りをつけてから、1か月後に指定された場所に向かえば良いらしい。  今後の人間社会に大きな影響を与えると予測される人物だけを除外した、完全な無作為抽出(ランダム)の結果。アオは、選ばれてしまったのだ。 「俺に大した価値なんてなかったってことだな。ま、知ってたけど」  アオは笑う。全てを諦めたその目は光を失っていた。  私の中で沸々(ふつふつ)と怒りが沸いてくる。駄目だ。一番つらいのはアオなんだから。どんなにそう思おうとしても、勢いは収まらない。 「アオに価値がないわけないじゃん!」  思った通り、アオは傷ついた顔をした。全知全能のMOTHERに価値を否定されたアオ。傷ついているのがわかっていて、それでも言わずにはいられなかった。アオのことなんてロクに知りもしないMOTHERにアオの何がわかるというのだろう。 「MOTHERが言ってるんだぞ?」 「MOTHERの判断は今の材料だけだって、お父さんが言ってた。だから、一緒に証明しようよ。アオはめちゃくちゃ価値がある人間だって」  自分でも何を言っているのかわからない。MOTHERの判断は多分正しくて、アオは存在しなくても世の中に影響はないのだろう。でも、私には、それが許せなかった。アオは今ここにいて、確かに生きているのに、世界のために殺されるなんてあんまりだ。 「アオがいなきゃ、私は寂しいよ……」 「……何言ってんだ。最近ほぼ会ってなかっただろ。何も変わらない」 「変わるよ!」  同じように会わないにしても、アオが生きているのと死んでいるのとでは全く違う。別物だ。同じであるはずがない。 「どうせ俺がいなくてもすぐ慣れる、だから無駄なことは」 「やるよ。だって、そうじゃなきゃ、アオが死んじゃう」  馬鹿じゃねえの、ともう一度言ったアオは、私から視線を外した。 「お前がそれで満足できるなら付き合ってやるよ。どうせ1ヶ月、やることもねえし」
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