終章

5/7
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
私は貴幸さんに、自分の身の振り方や家族の事は相談したが、婚約者がいる事は伏せていた。婚約者がいるなら彼に相談しな、と言われるのは目に見えてる。 だけど私と同時期に帰郷し、親の会社とはいえ一新入社員として頑張っている颯天には、言いたくなかった。 以前より精彩を欠く自分を見られたくない。姪っ子達の世話で忙しいを理由に、なるべく颯天と会う時間を作らなかった。 代わりに頼った貴幸さんからの返信が、時間の経過と共にカタイ内容から少しずつ色を帯びてきて、癒されると同時にトキメいた。 彼から『彼氏はいるの?』と聞かれ、 「いないよ、けど…」 『けど?』 「気になる人はいるかな」 と曖昧な返事をする。 日々の刺激が少ない、物足りなさを補う様に始めた疑似恋愛風のやり取り。 それに自らハマった。 言葉遊びから本気に育ててしまった。 貴幸さんと衝撃的な再会をするのは、その最中。 奇しくも、母と姉が私に内緒で颯天との縁談を推し進めてる時、酔って上機嫌な颯天が迎えに来てと電話してきた。滅多にない彼の甘えた声音に、しょうがないなぁと車の鍵を取り、言われた店の暖簾をくぐる… 私を紹介する颯天の声が耳に入らない。ただ唖然と互いを見つめるばかり。 母と姉を問い詰めると、二人とも口を揃えて 「颯天君を待たせちゃって悪いことしたわ」 と言い、続けて母は 「あなたが手伝ってくれたお陰でお父さん大分良くなったけど、頭がしっかりしてるうちにあなたの結婚式を見せてあげたいの」 自宅でのリハビリや通院で、父の麻痺症状は軽くなった。しかし以前のような社会活動が思うように出来ず、父は痴呆が始まっていた。先日母は、父の施設への入居を手続きした。 「雲母がいてくれて本当に助かったわ。近頃じゃうちの子達、雲母叔母さんの味がオフクロの味だから、無理に料理しなくていいよなんて生意気言うの」 姉がそう軽口を叩けるのも、子供達が落ち着いてきた証拠だ。家事が出来ないくらい多忙を極めてたけど、今姉は休日時々台所に立つ。 「だから感謝を込めて、雲母の結婚式は盛大にするわね」 家族が楽になり、穏やかに過ごせる。 幸せなはずなのに、急速に居場所がなくなっていくのを私は感じた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!