17人が本棚に入れています
本棚に追加
※ ※ ※
「あっ!義姉さん、ここにいた」
振り向くと、開けっ放しの部屋の入り口に聡美ちゃんがいた。
「大丈夫?」
彼女は窓際に立つ私の隣に来て、心配そうな声を出す。
「うん…」
私は再度外に目を転じる。空は青く、通り抜ける風が心地いい。遠くの山の緑にくっきりと雲の影が落ちているのが見える。
「ここは、うちで一番眺めの良い部屋なんだ」
「知ってる。以前…引越しの時、颯天が言ってた」
実家のこの私室から彼は少ない荷物を、新婚生活をおくる新居に運んだ。あの日も今日みたいに快晴で、窓から入る澄んだ空気が気持ちよかった。
聡美ちゃんは私と並んで外を眺める。しばらくして視線を景色においたまま、彼女は大きく深呼吸した。
「兄さん、何で死んじゃったかな…」
颯天は、最近山林に多発する産業廃棄物の不法投棄を巡回中、一川で溺れて死んだ。都会から川遊びに来ていた親子連れの水難に偶然遭遇し、子供を助ける為川に飛び込んだのだ。
颯天の遺体は傷一つなかった。
一川の上流から流されると大体、遺体は酷く傷む。しかし寝てるような安らかな死に顔に、列席者達は口々に『宮代家はやはり川の神に愛されてる』と囁いた。
颯天の両親は息子の死が受け入れられず、気力を失ったままだ。
「ホント信じられない。兄さん嘘みたいに綺麗な顔のままだから、『寝過ごした』とか言ってひょっこり起きそうな気がするもん」
「…」
聡美ちゃんは思い出した様に、
「もうじき出棺だから下に行こう」
と優しく私を促した。
階段のところまで行くと、階下からひとしきり大きな声が聞こえた。
「だから~聡美とアンタが結婚すれば、跡継ぎ問題も解決するさ~」
私が立ち止まっていると、聡美ちゃんは
「又あのおじさん、あんな事言って」
軽く舌打ちして、
「アイツも身内じゃないのに、仕切り過ぎなんだよ」
と苦々しげに悪態をつく。
突然の葬儀は、普段伏せられていた問題を顕在化させ、一族の先行きを懸念する声を大きくした。私がそれとなく二階に上がったのも、正直居づらかったからだ。
「仕方ないよ…お義父さんもお義母さんも今放心状態だから。実際、河野さんが色々手配してくれたお陰で助かっているし…」
「でも誰が何と言っても、私は絶対あんな奴とは結婚しないから!」
息巻く彼女を私は宥めながら、大広間に設置した祭壇に向かった。
最初のコメントを投稿しよう!