(3)

1/1
前へ
/5ページ
次へ

(3)

『義姉上、大好きです』 『アラン、私もよ』 『義姉上、僕が大人になったら、義姉上と()……』 『もちろんよ、アラン』  ……懐かしい夢を見ていた。  ガタンと大きく馬車が揺れ、飛び起きた。アランにもたれかかって、ぐうすかと寝入っていたらしい。 「ごめん、重かったよね」 「家族とはいえ、男にのしかかって大口開けて熟睡できる義姉上を尊敬しますよ」 「ほんと、ごめんって~」  慌てて離れようとして、腕を捕まれた。端正な顔立ちがすぐ目の前にあって、心臓に悪い。ちょっと、近い、近い! 刺激が強すぎるんだって! 「それで義姉上、どうして辺境なんかに? 義父上(ちちうえ)も、大泣きでしたよ」 「それはアランがお父さまを締め上げたからじゃないの?」 「なるほど」  アランが右手をわきわきさせた。 「し、死ぬ、死んじゃうっ」 「すみません。うっかり、手がすべって。それで、どうして家出をすることに決めたんですか」 「いやいや、うっかりで首は絞めかけないでしょ、普通」 「今度は本気でヤりますね」  早速とどめを刺されそうになったので、慌てて白状することにした。 「私、あんまり家の役に立たないでしょ。それが心苦しくて。あなたが頑張っているというのに姉の私がこんなんじゃあね」 「義姉上が役に立たないことは、初めからわかっております」 「悪かったわね、足手まといの落ちこぼれで」  我が家は、王国の食料庫と呼ばれるとある穀倉地帯を治めている。それというのも、一族は「緑の手」と呼ばれる加護持ちだから。  領主一族が心を込めてお世話をすることで、土地は豊かになり植物はぐんぐん育つ。だから、跡取りに慣れなくても、婿候補、嫁候補として引く手あまたなのだ、本来は。 「普通は、嫁に行くという手段もあるんだけど」 「義姉上、役に立つどころか疫病神ですもんね」 「加護がないだけならよかったのに」 「雑草すら枯らしてしまうなんて、逆に才能の塊かもしれません」 「だから言い方ってもんがあるでしょうが」  どんなに生き生きとしていても、私が手を出すと即瀕死。サボテンやバジルが立ち枯れていく辛さといったらないわ。東方から来たしいたけとやらの原木が腐ったのも泣けたわね。 「生気を吸っているのでしょうか」 「吸血鬼か」 「吸血鬼なら、それなりの美貌をお持ちのはずですが、何の手違いが起きたのでしょうか」  不思議そうに上から下まで眺めてくれなくてよろしい。 「別に他家との縁を結べずとも、大丈夫だと話したはずです」 「私が嫌なのよ! 両親は私より先に死ぬわ。そうすると、私はあなたに養ってもらうことになるのよ」 『あ、なんでもすぐに枯らしちゃうおばちゃんだ!』 『こら、そんなこと言うんじゃありません』 『だって、お母さまだっておうちでいつも言ってるじゃん。イキオクレのトシマって』  なんて、目の前でやり取りされたら死ねるわ。義弟に嫌われ、その家族にまで疎まれるなんてまっぴらよ。  私の返事に、アランがむっすりと不機嫌そうに黙りこんだ。 「あくまで、僕の世話にはなりたくないと?」 「私にだって、できることはあるはずよ」 「まったく。だからって開拓団に参加するだなんて突拍子もないことを」 「でも、私にぴったりの場所でしょう?」  私が目指しているのは、領地の中でも取り残されてしまった辺境の地。加護持ちの力さえも及ばぬと言われる荒れ地だ。  いや実際、定期的にここを開発しようとはしているらしい。けれどことごとく失敗しているのだとか。何代か前にここに移住した一族のひとりが、「すべては愛」と語っていたらしいけれど、結論が精神論ってどういうこと? 「優良地をダメにしないためには、屋敷の中でじっとしているしかないですからね。確かに荒れ地なら、それ以上酷くなることもないでしょうが、開拓という意味では結局招かれざる客なのでは?」 「つ、辛い」 「事実ですから」 「私にちゃんとした加護の力があれば、あなたに恥ずかしい想いなんてさせずに済んだのに。花の一本も咲かせられなくて、ごめんね」 「僕はあなたのことを、恥だなんて思っていません」  眉を寄せつつも、私を慰めてくれる優しいアラン。あなたの結婚式のお花は結局用意してあげられないけれど、邪魔にならない場所でちゃんと生きていくから安心してね。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

87人が本棚に入れています
本棚に追加