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『義姉上、大好きです』
『アラン、私もよ』
『義姉上、僕が大人になったら、義姉上とけ……』
『もちろんよ、アラン』
……懐かしい夢を見ていた。
ガタンと大きく馬車が揺れ、飛び起きた。アランにもたれかかって、ぐうすかと寝入っていたらしい。
「ごめん、重かったよね」
「家族とはいえ、男にのしかかって大口開けて熟睡できる義姉上を尊敬しますよ」
「ほんと、ごめんって~」
慌てて離れようとして、腕を捕まれた。端正な顔立ちがすぐ目の前にあって、心臓に悪い。ちょっと、近い、近い! 刺激が強すぎるんだって!
「それで義姉上、どうして辺境なんかに? 義父上も、大泣きでしたよ」
「それはアランがお父さまを締め上げたからじゃないの?」
「なるほど」
アランが右手をわきわきさせた。
「し、死ぬ、死んじゃうっ」
「すみません。うっかり、手がすべって。それで、どうして家出をすることに決めたんですか」
「いやいや、うっかりで首は絞めかけないでしょ、普通」
「今度は本気でヤりますね」
早速とどめを刺されそうになったので、慌てて白状することにした。
「私、あんまり家の役に立たないでしょ。それが心苦しくて。あなたが頑張っているというのに姉の私がこんなんじゃあね」
「義姉上が役に立たないことは、初めからわかっております」
「悪かったわね、足手まといの落ちこぼれで」
我が家は、王国の食料庫と呼ばれるとある穀倉地帯を治めている。それというのも、一族は「緑の手」と呼ばれる加護持ちだから。
領主一族が心を込めてお世話をすることで、土地は豊かになり植物はぐんぐん育つ。だから、跡取りに慣れなくても、婿候補、嫁候補として引く手あまたなのだ、本来は。
「普通は、嫁に行くという手段もあるんだけど」
「義姉上、役に立つどころか疫病神ですもんね」
「加護がないだけならよかったのに」
「雑草すら枯らしてしまうなんて、逆に才能の塊かもしれません」
「だから言い方ってもんがあるでしょうが」
どんなに生き生きとしていても、私が手を出すと即瀕死。サボテンやバジルが立ち枯れていく辛さといったらないわ。東方から来たしいたけとやらの原木が腐ったのも泣けたわね。
「生気を吸っているのでしょうか」
「吸血鬼か」
「吸血鬼なら、それなりの美貌をお持ちのはずですが、何の手違いが起きたのでしょうか」
不思議そうに上から下まで眺めてくれなくてよろしい。
「別に他家との縁を結べずとも、大丈夫だと話したはずです」
「私が嫌なのよ! 両親は私より先に死ぬわ。そうすると、私はあなたに養ってもらうことになるのよ」
『あ、なんでもすぐに枯らしちゃうおばちゃんだ!』
『こら、そんなこと言うんじゃありません』
『だって、お母さまだっておうちでいつも言ってるじゃん。イキオクレのトシマって』
なんて、目の前でやり取りされたら死ねるわ。義弟に嫌われ、その家族にまで疎まれるなんてまっぴらよ。
私の返事に、アランがむっすりと不機嫌そうに黙りこんだ。
「あくまで、僕の世話にはなりたくないと?」
「私にだって、できることはあるはずよ」
「まったく。だからって開拓団に参加するだなんて突拍子もないことを」
「でも、私にぴったりの場所でしょう?」
私が目指しているのは、領地の中でも取り残されてしまった辺境の地。加護持ちの力さえも及ばぬと言われる荒れ地だ。
いや実際、定期的にここを開発しようとはしているらしい。けれどことごとく失敗しているのだとか。何代か前にここに移住した一族のひとりが、「すべては愛」と語っていたらしいけれど、結論が精神論ってどういうこと?
「優良地をダメにしないためには、屋敷の中でじっとしているしかないですからね。確かに荒れ地なら、それ以上酷くなることもないでしょうが、開拓という意味では結局招かれざる客なのでは?」
「つ、辛い」
「事実ですから」
「私にちゃんとした加護の力があれば、あなたに恥ずかしい想いなんてさせずに済んだのに。花の一本も咲かせられなくて、ごめんね」
「僕はあなたのことを、恥だなんて思っていません」
眉を寄せつつも、私を慰めてくれる優しいアラン。あなたの結婚式のお花は結局用意してあげられないけれど、邪魔にならない場所でちゃんと生きていくから安心してね。
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