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(5)
昨日とはうってかわり、見渡す限り一面の緑。そして、歓声とともに朝早くから男たちが働き始めている。
「一体何が起きているのかしら」
「今さらですか。昨日の時点で、みんなだいたい腰を抜かしていましたよ」
「いや、樹の一本くらいは普通でしょう?」
「あれが普通なわけないでしょう。そもそも我が一族の加護は、緩やかにその土地の生き物の成長を促すものです。あんな馬鹿みたいな速度で自然環境が変わったら、もはや国家兵器ですよ」
「でも、どうして急にこんなことになったのかしら。今までは、みんな枯れてしまっていたのに……」
「干からびていたんですよ」
「え?」
「この土地は乾ききっていて、生命の欠片さえ感じられませんでした。だからこそ、根腐れしそうなほどの重く濃い義姉上の愛情で、息を吹き替えしたのでしょう」
「根腐れって、ちょっと……」
「義姉上は、僕と同じで大切なものに執着しすぎなのです。水やりが必要だと言われれば、土が湿った曇りの日ですら水をやり、風に気をつけるようにと言われたなら、建家で囲ってしまう」
「そんなに?」
「けれど、この土地にはそれだけの愛が必要だったのでしょうね。普通ならば腐ってしまうほどに、重く、鬱陶しく、しつこいほどの情の深さが」
「それ、誉めてる?」
くつくつと笑っていたアランが、不意に真面目な顔をした。
「それで、義姉上にも加護の力が存在することを証明できたわけですが。これから実家に戻りますか? きっと今なら、どんな相手でも選り取りみどりですよ」
「まさか! 今さらてのひら返しされても気持ち悪いし。あなたが兵器並みっていうのなら、それこそ静かにしておくわ。せっかく素敵な土地になったのだから、ここで悠々自適に暮らすわよ」
「そうですか。賢明な判断ですね」
「アランは、いろいろ報告しないといけないのよね。このことを知ったら、お父さまもきっと大喜びね! それで、いつここを出発するの?」
「あなたは、本当に酷い方ですね。恋慕って追いかけてきた男を、こんなにあっさり袖にするのですから」
「は、恋慕った?」
嘆かわしいと、アランはよろめきながら地べたにうずくまってみせる。なんだそれ、悲劇のヒロインポーズか?
「約束を覚えているのは僕だけですか」
「や、約束?」
ふと頭をよぎるのは、馬車で見た懐かしい夢のこと。
『義姉上、大好きです』
『アラン、私もよ』
『義姉上、僕が大人になったら結婚してくれますか』
『もちろんよ、アラン』
あれはもう10年以上も前の出来事だ。アランはそれをずっと守るつもりだった?
「あなたは、いつもそうです。僕を幸せの絶頂に押し上げて、容赦なく叩き落とす」
「そんなことしたっけ?」
「指切りをした翌日、僕に理想の男性を聞かれた時に、何と答えたか覚えていらっしゃいますか?」
はて?
「『やっぱり魅力的なのは、年上の殿方よね!』、そうおっしゃったんです」
「え」
「ほかには、『やっぱり王子さまって素敵! プロポーズは白馬に乗って』とか」
「ごめん」
あの王子さまスタイルに、そんな理由があったとは! 見た目だけでも約束を叶えようとする心意気はすごいわ。でもねアラン、時と場所はわきまえてほしかったな。
「僕は年上にだけはなれません。それでも諦められなかった僕を、あなたは愚かだと笑いますか」
「見合いがことごとく失敗したのはアランのせい?」
「すみません」
「ひどい」
「そもそも、僕の純粋無垢な恋心を弄ぶほうがひどいです」
えええ、今目の前でめっちゃ腹黒そうな笑顔してるよね?
「家出した私を連れ戻すために、来たんじゃないの?」
「義父上から結婚の許可をもぎ取りましたので、結婚するつもりできました」
「私に選択権なし!」
アランは、今までにないほど柔らかな顔で微笑みかけた。
「生き物を拾ったら、ちゃんと最後まで面倒を見なくてはいけないんですよ」
「どういうこと?」
私の疑問に返事はない。
「ご存じでしたか。この辺りの土地では、未婚の女性を男性が家の中に招き入れると結婚が成立するそうなんです。さあ、新居へ行きましょう」
「いつの間に!」
「あなたがぐーすか寝ている間に建てておきました」
「そんな馬鹿な」
集落から少し離れた場所には、場違いなほど立派な屋敷が建てられていた。え、どういうこと? こんなの一朝一夕で用意できないよね? 私の家出計画はいつからバレていた?
「もう、逃がしませんから」
瞳をキラキラどころかギラギラさせたアランに抱き抱えられ、くぐった新居の扉。そのまま押し倒され、名実ともに結婚することになったのは、それからすぐの出来事だった。
家出したら、塩対応だったはずの義弟が溺愛してくれる未来が待っていたって、喜ぶべきところなのかしら? 答えはまだ出せそうにない。
すっかり移住者が増えたこの場所は、領地の中でも指折りの豊かな土地になった。そして元義弟現夫は、領主としての仕事をこなしながら、今日も幸せそうに私に絡みついている。
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