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(1)
婚約者もできぬまま行き遅れてはや数年。田舎領主の娘とはいえ、まごうことなき貴族令嬢にも関わらず、すっかり行かず後家となった私は決心した。
男性に見初められないというのなら、こちらから女日照りの土地へ行ってやろうじゃないかと。狙い目は、開拓団。男ばかりの彼らの中でなら、ちょっと難アリの私だってモテるかもしれない! 辺境で自分の土地と素敵な旦那さまを手にいれて、きゃっきゃうふふの新生活の始まりだ!
そんなことを思っていた時が、私にもありました。具体的には昨日の私、お前、もっと冷静になれ。どうなっても知らんぞ!
「世間知らずのお嬢さまが、荒くれものの開拓団の中で生きていけるとお思いですか?」
「アラン、あなたが来るまではそれなりに溶け込めていたのよ」
そう、義弟が上から下まできんきらきんの王子さまスタイルで、開拓団に合流するまではね。
いや、みんなドン引きしてたわ。真っ白な絹織物で、どうやって野良仕事をする気よ。あとね、いきなり次期領主が従者をぞろぞろ引き連れてやってきたら、後ろ暗いところがなくてもビビるでしょ。
上から下までじろじろ見つめてやれば何か思うところがあったのか、アランがそっぽを向く。
「なんでこんなことになっちゃったのかしら」
「それはこちらの台詞ですよ」
ワイルドな男性陣と道中でお近づきになるはずだったのに! 義弟と2人で紋章のついた馬車に乗る羽目になり、すでに遠巻きにされている。当然馬車を止めて休憩や夜営となったところで、粉をかけてくるような男はいない。この日のために準備してきた私の努力って……。
小さくため息をつけば、アランもまたため息をついていた。
「義姉上など、目的地に着くまでの間に売り飛ばされるのが関の山です」
「領地の開拓団を一体なんだと思ってるの?」
「一山当ててやろうと思っているならず者の集団ですが、なにか?」
言い方ってもんがあるでしょうよとは言えぬまま、アランの冷たい言葉に身を縮こませる。助けを求めたくても、そもそも馬車に侍女は同乗していない。こころなしか、馬車の外を警護しているみなさんからも距離をとられているような……。ああ、もはや結婚相手を見つけるどころの話ではないのでは?
「私の完璧な計画が!」
「何がですか」
「物理的に女性が少ない男性陣の中に入り込んで、嫁入り先を見つけようという計画を、完璧と言わずして何と評価するの!」
「義姉上……」
「獲物がいる場所に移動するのは、狩りの鉄則でしょ! もう、一体どうしてくれるの」
「義姉上は、ひとさらいに遭うことも覚悟の上で開拓団に参加されたのですか?」
「当たり前よ」
「……なるほど、よくわかりました。もしもの場合には、しっかりとどめを刺して、身代金の要求などが義父上に行かないようにいたしますね」
「とどめを刺す相手と方向性が間違ってるんじゃないの……?」
私の言葉に、アランはひとの悪そうな笑い声をあげるばかりだ。アラン、どさくさに紛れてみそっかすの義姉を売り飛ばそうだなんて思ってないよね?
募る不安。渦巻く後悔。それでも、粛々と馬車は進む。
「神妙な顔をして……。やっと向こうみずを反省しましたか?」
「おしりが痛い……」
「あなたというひとは……。置いていかれてもよろしければ、休憩を入れますが」
「がんばりましゅ」
……どうして馬車の座席ってこんなにかたいのかしら。もう少し乗り心地を重視しても良いと思うの。
「義姉上、この馬車は彼らが乗っているものよりも数段上等です。これくらいでへばっているようでは、辺境での開拓などとてもとても」
「ははは、このくらい軽い、軽過ぎるわ!」
「ならば馬車のスピードをあげましょう」
「すみません。調子に乗りました。許してください」
「……まあ、昔に比べれば、義姉上も我慢強くなりましたね」
「前はちょっと馬車に乗っただけで、酔ったり、お尻がズル剥けになったりして泣いてたもんね。薬塗ってって言っても、アランはすぐ怒るし」
「その下品な口を今すぐ閉じてくださいませんか。さもなければ、これ以上ものが話せないようにして差し上げます」
ここでアランを怒らせるのは、まずいわね。言われた通り、口を閉じる。けれどそうすると、揺れが眠気を誘ってくるのよ。お尻の痛みから逃避しているだけなのかもしれないけれど、ああ、目が、目が……。体がぐらりと傾いて、アランの方へ倒れ込む。
「ちょっと、義姉上」
うーん、わかってる。わかってるのよ。でもね、アラン。体を動かそうとしても指一本動かないの。よだれは垂らさないように気をつけるから、どうか許して。
眠りに落ちる直前、昔のように優しく微笑むアランにそっと頭を撫でられたような気がしたけれど、たぶん寝ぼけただけだろう。だって、アランは私のことが大嫌いなんだから。
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