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ダイニングのテーブルの上に、メモはまだ置いてあった。それを手にとって、もう一度眺めてみる。
どうも「で」の濁点が不自然な気がする。妙に上に張り出しているのだ。なんとなくそれを人さし指で隠してみる。それから下に張り出した「ない」も、左手で隠す。
「見つけてください」
わたしは指をどけて、頬杖をついた。なんだか眠い。掌はいまだに黒い染みがこびりついていた。
冷蔵庫を開けると、泥水はなくなっていた。代わりに、ペットボトルには透き通った赤い液体が入っている。喉の渇きを覚えたわたしは、それを手に取ってキャップを開け、一口に半分ほど飲み下した。
とても変な味だった。けれど、飲んだことはある気がする。記憶を辿ってみる。
小学校の入学式の日だ。母は式には来なかった。家に帰ると、玄関の扉に鍵はかかっていなかった。台所にあった、赤い液体で満たされたコップ。わたしは何も考えず一心にそれを飲んだ。ジュースと思っていたのに変な味しかしなかった。気分が悪くなって居間にいくと、ソファで母が正体を失っていた。床には確か、ワインのボトルが三本ほど転がっていたはずだ。
これは、多分ワインだ。このぐらい飲んだって大したことはないだろう。水道水で口をゆすぎ、ダイニングの椅子に座り込む。吐き気がする。吐き出してしまいたいものは何だろう。
わたしはメモを掴んだ。見つけてほしいのかほしくないのか知らないが、見つけるか見つけないかはわたしが決めることだ。
そしてわたしは額をしたたかに打った。
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