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僕はアヤメ——かわいいかわいい、僕の妹——の痛みを引き受け、そしてこっそり僕の悲しみを引き受けてもらいながら、いつしか大人になっていた。
今日は、僕の大好きな人が亡くなってしまった。交通事故に遭ったらしい。どんなふうに死んだのだろう、と僕はぼんやり考えながら、自分の部屋のベッドの上で溶けていた。
次の春になったら告白しようと、ずっと決めていたのに。もちろん、OK をもらえる自信があったわけではない。けれど、たまに話をするときはいつも優しい微笑みを浮かべてくれる、素晴らしい人だった。
ああ、どれくらい血が出たの。骨は折れたの。肉は飛び散ったの。痛かったの。どれくらい痛かったの。
どうして僕を置いて、いってしまったの。
こんな悲しみ、知らない。
突然、部屋の扉が音を立てて開いた。
「兄さん、助けて!」
アヤメがそう叫びながら部屋に入ってくる。僕はゆっくりとそちらに目をやり、なんとか声を絞り出した。
「悪いけど、今はそんな気分じゃないんだ……」
アヤメは頭を手で押さえている。きっとひどい頭痛にさいなまれているのだろう。だからって、それがなんだって言うんだ。
「なんで、ねえ、痛いの、痛い……」
「それはお前の痛みだ。お前が自分で感じるべきものなんだ」
僕はそんな、心にもないことを言った。
こんな悲しみを、アヤメに移すわけにはいかない。きっとアヤメが今までに一度も味わったことのない、こんな悲しみを……。
けれど、けれど、手を繋げば、僕はこの悲しみから解放される……。いや……。
アヤメはこちらへ走り寄り、無理矢理に僕の手を掴んだ。
すーっと、悲しみが消えてゆく。そしてとてつもない痛みが頭に襲いかかってきた。
頭が割れるどころじゃない。中から何か生き物でも生まれてきそうだ。
僕は思わず頬に片手を添えて、顔を歪めて、呟く。
「これはまたすごい頭痛だなあ」
とてつもなく痛いのに、僕は思わず自分が笑みをこぼしていることに気づいた。
アヤメは不思議そうな顔をしていたけれど、その表情は途端に暗くなっていった。涙すら出ないような悲しみに襲われているのだから、当然のことだろう。
アヤメ、君さえいれば、僕はいつまでだって、生きていける——。
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