序章ー呪われている、悉くー

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今ではうろ覚えだが、火災事故だった。 俺が独り暮らしをしていたマンションに夜中、火の手があがった。 俺は上の方の階だったが、運良く火事に早く気付く事が出来た。 そこからの記憶は曖昧で、でもハッキリと覚えている事はある。 逃げ出そうとした足が止まったんだ。 自殺が過ったんじゃない。 怖くて固まったのでもない。 もしも、逃げ遅れた人が居たらと思ったんだ。 その先は確か、叫びながら走り回っていたと思う。 瞬く間に広がる炎の中で、何人の人間を担いで走ったか分からない。 もう救うべき人が居ない事に安堵した時には、逃げ道は無くなっていた。 このまま死ぬのだろうと至っても、不思議と怖さは無かった。 これで良かったんだとも思えた。 何より、人生から解放される事に安堵したのかもしれない。 遠退いていく意識の中で、微かに声が聞こえた気がした。 「生きろ」 うろ覚えではあるが、何処からかそう聞こえたと思う。 目を覚ましたら、知らない顔が笑っていた。 見た事も無い外国人が笑っていて、俺を高く抱き上げている。 次には、赤い髪の女性に渡され、その人に抱かれた。 理解が出来なかった。 その女性が俺を抱き抱えながら呟いた。 「産まれてきてくれて、ありがとう」 女性は涙を浮かべて微笑み、傍に居る男性はわんわんと泣いていた。 最初に俺を高く抱き上げた外国人は、その光景を満足そうに笑って頷いている。 「ネス」 女性がまた呟いた。 俺はうっすらと見える視界で女性を見上げる。 「あなたの名前は、ネスよ」 その言葉があったからか、それとも周囲の状況からか、俺は漸く理解した。 今この瞬間に、俺は産まれたのだ。 新たな生を授かった。 喜ぶかって? 馬鹿な事は言わないでくれ。 俺はこれまでもこれからも、一度目にあきたらず二度目の生すら恨む事になるのだ。 新たに生誕して一年を暮らす内に、自分の名前が『ネス・クリーン』というのだと知った。 そして、この場所が嘗て自分が生きていた世界ではない事も知った。 何故分かったかって、それは父と母の会話からだ。 『魔法』という概念がこの世界にはあるらしい。 加えて国の名は『アムストラム』という聞いた事の無い名前で、『騎士』や『冒険者』も居るらしい。 目の前で何も持たないのに火起こしをする父も見た。 そんな事象を目の当たりにしてここが異世界でないのなら、恐らく頭のおかしい家に産まれてしまったのだろう。
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