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「そんなバカな話、信じろっていうの?」
一通り、あたしから説明を聞いたあとで、ママは呆れた表情であたしと弥一の顔を見比べた。
半分は男子高校生でもある祐介は、居心地悪そうに出された紅茶を一口飲んだ。
「作り話に決まってるわよ、ばかばかしい」
「でもどうやって、作り話であたしがリカちゃんの自転車をなくした事やお向かいの文鳥がいなくなって弥一が疑われた事を言い当てるの?」
「それは……」
もごもごとママは口ごもった。
「オレを最初に洗ってくれたのは香織だったね」
と唐突に弥一が話し始めた。
ママは無言で弥一を見つめた。
さっきまでのよそよそしい視線じゃなく、すこし身を乗り出すようにして弥一の瞳の中をのぞいている。
「腹を空かせたオレに美千代がミルクを温めてくれている間、まだ小さかった香織が風呂に入れてくれた。象の柄がついた洗面器で……なんだっけ、あの象」
弥一は古い記憶を浚うように、ゆっくりと瞬きをして考えている。
膝の上で手を握りしめ、ママは一心に弥一の口許を見守っている。
「ああ、そうだ、あの象は」
「ダンボ!」
「ダンボ!」
二人は顔を見合わせた。
「本当なの? 弥一なの?」
目に涙を浮かべてママは弥一の手を取った。
「香織、元気そうだね」
と弥一。
「どうしていなくなっちゃったの?」
祖母が亡くなったあと、しばらくバタバタした日が続いていた。
ある日気が付くと、いつのまにか弥一はどこにもいなかったのだ。
「寿命が尽きたんだ。茂みに潜り込んで眠ってしまったらそれが最期で」
弥一は簡単な事のようにあっさりと言った。
「だけど、いつか香織に返したいと美千代が仕舞っておいた箱の事がどうしても気掛かりで」
「箱って?」
「美千代の部屋の押し入れに、青い箱がなかった?」
「わからないわ、あったのかしら」
「見てみたら?」
とあたしは言った。
祖母の部屋は今、物置になっているが、ママもあたしも押し入れの奥まで検めた記憶はなかった。
そこで三人で祖母の部屋へ行った。
弥一は懐かしそうにかつての住処を見回して、深呼吸した。
はたして、押し入れに青い箱はあった。
埃を払って、開けてみると中身は原稿用紙の束だった。
「やだ、やだわ、母さんたら」
ママが頬に手を当てて赤面した。
「こんな物、取っておくなんて」
「それ、なに?」
訊ねたあたしをママはしみじみとした目で見た。
「これはママがあなたくらいの頃にかいた小説よ」
「美千代は後悔してたよ、一生懸命書いた物をとりあげてしまったって」
弥一は束を手にしたママを見て、安心したように呟いた。
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