書き出しというものは

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 帰宅して、また一から物語を練り直す。部長が期待してくれているのは分かっている。それはきっと過度の期待ではあるけれど、何とか応えてはやりたい。昔、どのように物語を紡ぎ出したかを思い出しながら原稿用紙を埋めていく。  そう。僕は原稿用紙に書く。君に格好つけて見せたくて、わざわざ百枚単位で買った原稿用紙。今だとスマホだったりPCだったり主流だろうが、僕は原稿用紙にこだわる。なぜか。君に読ませる物語だからだ。  キラキラに目を輝かせて僕の物語を夢中で読んでくれた君。思い出に縋るのは格好悪いとは思うが、僕の意地でもある。  カリカリとシャーペンを走らせて原稿用紙を埋めていく。今の君はどんな物語が読みたいのだろうか。君の笑顔を思い浮かべて文字を走らせる。君の言う接続詞の効果的な使い方を意識しながら。 「駄目ね」  翌日も駄目出しを食らう。 「昨日よりはマシだけど、まだ駄目」 「だって、ちぃちゃん!!」  僕はハッと口に手をあてる。ついうっかりと部長をあだ名で呼んでしまった。部長はじろりと僕の顔を見る。 「ストーリーはよくなった。でも同じ言葉の繰り返しが多過ぎる。語彙力をすぐに磨けとは言わないけど工夫はして」  部長は昨日と同じように原稿用紙を僕の胸にあてて部室を去っていくが心なしか顔が赤いような気がした。 「ちぃちゃん……」  僕らはもう幼馴染みじゃないのだろうか? 部長と部員の関係以上にはならないのだろうか。部長の顔が赤かったのはきっとあだ名で呼ばれて怒ったからだ。  僕は原稿用紙を鞄に詰めて部室を後にする。このところ、部室に最後まで残っているのは僕と部長だけ。文化祭のための作品が完成していないのは僕だけだ。  部員全員の作品を読んでいるのは部長だけだ。部長がどんな作品を書いたのか分かるのは文化祭に出品する作品集ができあがったときだ。きっと素敵な物語を書くのだろう。  思えば部長が受賞した作品って恋愛物だったっけ。ふとそれを思い出した僕の肩から力が抜ける。 「駄目元だよな」  僕は足早に帰宅してから再び新たな原稿用紙に文字を埋めていく。きっと部長は恋愛物が好きなのだろう。僕が昔、ちぃちゃんに読ませていたのは冒険物だが、僕もちぃちゃんも成長したんだ。想いだって好みだって変わるんだ。今の僕にしか書けないもの。それを書くべきだろう。
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