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朝比奈二等陸尉
「久我山陸将! あ、窪田陸佐、失礼しました。部屋にいらっしゃらなかったので直接こちらへ……」
ノックの返事も待たずドアを引き開けた朝比奈が、険しい顔をしている。
二十代半ばの独身、階級は二等陸尉、窪田が機動隊から引き抜いてきた男だ。
「国防軍が動くようです!」
「そんな、バカな──総理が命を下したというのか? 朝比奈、どこからの情報だ!」
立ち上がった一等陸佐の窪田健介は、掴みかからんばかりに朝比奈に詰め寄った。事態の急変に、陸将室に小銃を所持したまま飛び込んできたことへの注意すら忘れた。
警視庁第七機動隊・銃器レンジャー上がりの窪田は三十六歳、三つ違いの妻と、目に入れても痛くないふたりの子供がいる。待ち遠しい第三子は妻のお腹の中だ。
「諜報隊の菅山准陸尉からです」
「いったいどこから漏れたんだ。国防軍が動く前に決着をつけなければならいというのに……」
またぞろ痛み始めたみぞおちを撫でて、窪田は意見を求めるように横を見た。
「窪田、各隊に指示を出してくれ。明後日の決行は中止だ。まずは情勢を掴んで計画の練り直しだ」
デスクの上で両手を組み、苦渋の表情を浮かべたのは久我山陸将。四十代の後半、眼光鋭い白髪交じりの偉丈夫だ。三人の子持ちで窪田の機動隊時代の上官に当たる。実質的な国民防衛隊のトップだ。
国民防衛隊員は機動隊と同じくおよそ八千だが、国防軍は十五万。即応予備国防官は一万弱。規模が違いすぎる。
国民防衛隊が組織されたとき、国防軍の一部、一都六県の防衛警備を担う第一師団と栃木、群馬、新潟、長野四県を担う第十二旅団が同調を見せた。国防軍の上層部にいる久我山の知己への説得によるものだ。
国民防衛隊の武器弾薬の調達、さまざまな訓練は、その協力によって成り立っている。
国防軍とて防衛隊の動きを察知していないはずはないが、表立っての妨害や警告は一切なかった。彼らとて人の子ということだ。しかし、総理の命令が下れば、国防軍は防衛隊の鎮圧に乗り出さなければならない。
防衛隊が武力を保持している事実は知られてはならない。あくまで言論で闘う、少々うるさい集団として欺き続けなければならない。
資金はいくつかの企業から援助を受けている。おおむね名だたる大企業だ。子を持つ親としての同意同感もあれば、民自党の暴走を嫌うものもあった。
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