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出撃
「予断を許さない状況だが、国防大臣の工作は進んでいるようだ」
静かな声で久我山がふぅっと息を吐いた。
「クーデター成功後は、市場大臣が首相に?」窪田は声を潜めた。
「いや、いっときは指揮を執ってもいいが、適任は探すとのことだ。我々とすれば軍さえ動かなければ成し遂げられる。これを二・二六やアラブの春に終わらせるわけにはいかない。腹を切ればいいなどと軽く考えるなよ窪田」
「はい」
「ただしだ、能見野総理が国防軍を動かせば、市場大臣といえども手出しはできない。彼にとっても正念場だ」
窪田は妻を思った。まだ小学生の長男と、幼稚園児の長女と、妻のお腹にいる第三子を思った。
「お互い成功を見届けてから死のう」
狙うは国会議事堂。武器を持たない衛視など敵ではない。閣僚を守るSPも同じくだ。こちらの装備は、機動隊といえどもおいそれとは阻めない。
衆議院本会議急襲。決戦前夜。
各隊は市谷・目黒・練馬・朝霞・立川各駐屯地から国会議事堂を目指した。国防軍と国民防衛隊は一切の言葉はかわさない。知らぬ顔の半兵衛を決め込んでいる。見事なほどの見て見ぬふりである。
「君たちと行動をともにできたことを誇りに思う!」久我山陸将の太い声が響き渡った。
「向かうは国会議事堂。無暗な発砲だけはするな。諸君、また会おう!」
隊列を組んで戦闘トラックや装甲車、ジープが進んでいく。指揮車に乗れという久我山の言葉を断り、窪田はトラックの荷台に向かった。
「議事堂からの地下通路は別動隊が塞ぐ。突撃の指示はお前が出せ。タイミングを誤るな」久我山の声に頷いた。
「窪田さん、同乗します」朝比奈の声に笑みを返した。
「ふたりめは女の子で、麻友っていうんです。やっとぐーちょきぱーができるようになったんです」
揺れるトラックの中で、丸顔の男がカービン銃を我が子のように撫でた。
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