おれの彼女

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 翌日を迎える。おれは朝からドキドキしている。考えたことがうまくいくか、やってみなきゃわからない。  テレビの天気予報では秋晴れらしい。どうだっていいことがやけに気になったりする。  いつものように家を出て、いつものように通学電車に乗って、いつものように教室に入る。いつもと違うのは今日こそ小百合に声をかけるということだ。  昼休みが終わる前、午後の授業がはじまる前のわずかなチャンスを狙って、おれは小百合に声をかける。 「本、好きなんだね?」 「図書委員だから。当たり前でしょ」 「そ、そうだね。あのさ、おれ、本とか読んだことないんだ」  いままで読書感想文で課題図書のあらすじまでは読んだことがあったけど、それ以上は読んだことがなかった。だけど小百合が毎週ホームルームのとき、本の紹介をしてくれるのを聞いて本に興味を持った。なんて、うそ。本じゃなくて小百合に興味を持ったんだ。だから本のことを聞くことで少しでも距離を縮めたかった。 「教科書ぐらい読んだことあるでしょ」  小百合が冗談とも本気ともつかない言葉をつぶやく。 「そりゃそうだね。教科書だって本だもんね。うわっ、おれとしたことが、なんてバカなことを聞いちゃったんだ。もう恥ずかしいからどっか砂場に穴でも掘って埋めてくれよ~」 「で、どんなジャンルが好きなの?」  あたふた大げさにリアクションするおれを軽くスルーして、彼女は手にした本を優しい手つきで触りながら聞いてくる。  平然とつれない態度を取る彼女のそういうところも好きなのだ。ここでおれはデレデレが顔に出ないように真面目な顔に戻る。そして、その言葉をはじめて聞いた風に訊ねる。 「なになにジャンルって?」 「ミステリーとか、ファンタジーとか、恋愛とか」 「あ、そういうことね」  彼女の返しは想定内。おれは準備していたセリフを吐く。 「宝のボールを集めて冒険するやつとか、海賊のキングになるやつとか、あと鬼を退治するやつとか。とにかくワクワクとドキドキとハラハラの三種混合みたいなやつ」  好きなマンガのストーリーをさらりと答える。  小百合のやつ、どんな顔してるかな。ちらちら表情を窺う。口元に浮かぶ笑みを見て、おれは思わずガッツポーズする。 「この本なんかどう?」  本棚から小百合が取り出した本はオレンジ色のカバーがされた文庫本だった。  表紙に絵はなく、持った感じとしては案外厚い。  これ読むの大変だろうなとか、文字のサイズはどうなってんだとか、内容と関係ないことを考える。 「好きなの」 「へ?」  突然の告白におれの胸は高鳴った。好きという言葉が脳内をひとり駆け回る。踊り出しそうになるのを堪えて周りを見回した。  だれも聞いてなかったみたいで冷やかすやつはいない。いや本当は冷やかしてもらいたかった。ヒューヒュー熱いね、おふたりさん、などと言って。 「す、好きなの?」  おれは疑問系で聞いてみる。 「その本」  あ、そういうこと。 「本が好き? だよね。なんかおれもこの本好きみたい」 「読んだら感想を聞かせてくれる? いろんな人の感想を聞いてみたいの」 「うん。いいよ。おれ、本好きだから」  こうしておれはその日を境に無類の本好きへと変わる。  それまで活字を見れば眠気しかこなかったおれがテレビも見ずに本を読む姿にまずお袋は驚く。 「あんた、どうしたの。なにかあったの?」  親父はさすがに男だ。お袋とは違った見方をする。 「おまえ、もしかしてあれか? 本読んで少しでも賢そうに見せてモテようって作戦か?」  もうすぐクリスマス。それまでに彼女をつくりたい、というおれの気持ちを見透かすように親父はニヤニヤしている。じっさい小百合に話しかけたいと思った最初の理由はそれだった。ただひとつだけ親父に言いたいことがある。  親父、そうじゃないんだ。おれは別にこの世のすべての女子にモテたいわけじゃないんだ。一人の女子にハートを奪われているだけなんだよ。  もちろん口に出しては言わない。心の中だけにとどめておく。 「感動した」  本を手渡しながら簡単な感想を小百合に告げる。  文字にすると四文字。ほかに言葉が浮かばなかった。国語の点数がいつも低い理由もそこにある。 「よかった。つぎの本も選んであるから、また読んで感想を聞かせて」  小百合がおれを見て笑った。長くは見てられない。全身が痺れるぐらい眩しい笑顔だった。  この日をきっかけに、おれたちは互いに本を読んでは感想を話し合う仲になった。  三年になってからは大学受験に向けて一緒に図書館で勉強して励まし合った。同じ大学に行くためだ。  大学を卒業して、おれたちは地元の企業に就職した。こうなったらもう結婚しよう、おれはプロポーズをした。  小百合は真っ赤な顔をしてうなずいた。
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