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第1話 香枚井駅のホームにて
わたし、高槻沙織です。この春、高校2年生になりました。ちょっと電車で遠くまで通学しなきゃなんないんですけど……一人ぼっちだと思っていた1年生の春に、偶然、はっとりたちと知り合えて、わたしは幸せです。とても賑やかになりました。
さて、今日は、新入生の、刈羽台(かりばねだい)のいつもお世話になっている田辺青果店のお嬢さん、田辺啓子ちゃんと一緒に学校に行くんです。初めてで、心細いというので、そういうメッセージが来ましたので……だから、今年はわたしがしっかりしなきゃなんないんです。シエスタ香枚井に、フルーツ屋さんの出店があったので、うちのケーキの果物も、今年からは田辺青果店になりました。フレッシュでとてもジューシーです。ついでに、服部美月さんのお家の和菓子屋さんも、いちご大福は田辺青果店のものになって、集団で仕入れるので、お安くなったのですよ。
ところで、はっとりたちは、春奈坂を榛名天神駅まで逆走して、そこから各駅停車で後で追いつく、と言ってたのですが……どっちが早いのかな。啓子ちゃんも、グループLIMEに入ってもらったので、いざという時みんなで彼女を助けるので、安心と言えば安心です。そうこうしているうちに、下りの各駅停車が来ました。
あ、早速啓子ちゃんから電話がかかって来ました。
「もしもーし! 沙織でーす。啓子ちゃん?」
「あ、せんぱーい! 田辺です。田辺啓子です。おはようございます。いま、下りホームを降りて、階段登っているところでーす。先輩はどこですか?」
「うーん。目印、目印は……アイスの自販機のところだよー」
「わっかりましたー! いま行きまーす!」
うーん、あの子、小っちゃいから、人ごみに押し流されてなければいいんだけど……。あ、来ました!
「おーい、こっち、こっち!」
「せんぱーい! おはようございます。ゼイゼイ、ハアハア……」
「そんなに慌てなくても、上りの急行はまだまだ待つよー」
「先輩と、お話がしたくて……ダッシュで階段登ったら、息が、切れて……」
「あははっ、いつでも毎日会えるのに、啓子ちゃんったら、そんなに急いで……大丈夫?」
「は、はいっ! おかげさまで息は元通りです。あれ、噂の霜田さんですよね。幼馴染の」
「それがどうしたの! 霜田さんはわたしの幼馴染。いまから、場内アナウンスするらしいよ」
「聞いておきましょう。上りの各駅停車が来るはずです」
沙織は、啓子が赤いスカーフになっていることに、今更ながら気づいて、新鮮味を感じたらしく、思わず声をかけた。
「啓子ちゃん、赤いスカーフだねえ。わたし、羨ましい。いっそ、全学年赤いスカーフだったらカッコいいのに……わたしなんか緑色だよ!」
「えへへ、分かります? これが憧れで敷女に入ったようなものです」
「なんか新鮮! カッコいい!」
「えへへ、なんだか照れますねえ」
『えー、1番線に到着の電車は、次発、各駅停車・海浜神崎行きです。停車駅は、海浜神崎までの各駅に停まります。なお、神崎方面にお急ぎのお客様は、2番線の先発、急行・海浜神崎行きにご乗車願います。電車がまいります。白線の内側に下がってお待ちください。電車がまいりまーす』
「あ、はっとりからグループLIMEだよ。なになに、例のアイスの自販機のところか? って訊いて来てるよ。返事打たなきゃ。そうだよ、はい、送信。あ、すぐ既読ついた!」
「本当ですっ! すぐ既読つきました。服部先輩ってどんな人なんだろう……」
「うふふ、わたしの恋人よ!」
「げっ! もしかしてお二人はレズビアンですかっ!」
「違う違うってばー、ただのマブダチだよっ」
「ふー、それなら安心しましたあ」
「あ、来たよ、来たよ!」
「おはよう、沙織!」
「おっす、諸君、おはよう!」
「啓子ちゃん、おはようございます」
「あ、先輩方、おはようございますっ!」
「こら梨音! 2年になっても『おっす、諸君!』かよ! いい加減にしろよ!」
「だってー、口癖なんだもん、しょうがないよね、ねー桃花!」
「梨音ちゃんって少し偉そう。普通のおはようを言いましょうね」
「しょぼーん」
「梨音、お前は追試でようやく2年に進級できた。留年しなかっただけでもありがたく思いなさい」
「しょぼーん」
それを見ていた啓子が、けたけたと笑い始めた。
「あははは! 立花先輩ったら留年しそうだったんですかー? じゃあ、わたしと同じスカーフになっていたところです!」
「それ、いいかも!」
「こら梨音! 調子に乗るな! 啓子ちゃん、ごめんねー、こんな訳の分からない生き物まで先輩だなんて」
「いえいえ、いいんです、毎日が楽しそうです!」
「ふふーん、そいつは良かった」
「はいっ!」
『えー、2番線の電車は、先発、急行・海浜神崎行きです。白線の内側まで下がってお待ちください』
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