0人が本棚に入れています
本棚に追加
学校へ行く途中、路地の物陰から知らないおじさんが出て来てふららちゃんを呼び止めました。
「お菓子をあげよう。食べてごらん、おいしいよ」
「ありがとう」
ふららちゃんはもう中学一年生だったので、きちんとお礼を言って、おじさんの手のひらから、甘いにおいのクッキーを一かけもらって食べました。うん、おいしい。と思ったその時、何だか目の前の景色が急にふわふわ揺れだして、意識が遠のいて行きました。
気がつくと、中央体育館のリング上です。建物のまん中に作られた四角い特設リングのマットの上に、変てこな服を着せられて転がされていました。まるで少女アニメの変身ヒロインみたいな、全然意味がわからないくらいセクシィなハイレグのコスチュームです。
満員の客席からはふららちゃんへの熱い声援が送られてきます。全員、女の子ばかりでしたが、リングのまん中に仁王立ちしている冥王星人姿のレフェリーだけが、とんでもないおばさんヤンキーでした。そう、25才くらい。年のせいか、ありえないほどの厚化粧をしています。
「そら、立ちな、この下司女」
見くだすように、赤コーナーのふららちゃんをにらみつけます。これから試合をするみたいです。
「戦ってとっととくたばりな」
見ると斜め向うの青コーナーには、同じクラスの真紀ちゃんが青ざめた顔でひかえていました。真紀ちゃんの方はちゃんと制服姿で、運動靴をはいています。
ふららちゃんが立ち上ると、レフェリーはふたりを中央で向き合わせて、ひと言だけルールを説明しました。
「殺したら勝ち」
ゴングが鳴って、試合が始まったようです。
「ファイト!」
ですが、ふららちゃんは真紀ちゃんに恨みはありませんし、もう中学一年生だったから、人は殺したくありません。 ― 人も、蟻んこも、アザラシも。それで、組み付いてきた真紀ちゃんの耳元にこっそりささやきました。
「真紀ちゃん、やめよ」
だけど、真紀ちゃんはやめるどころか、必死で攻撃してきました。普段からおとなしくて、体もふららちゃんより小さく、力も弱かったので死に物狂いです。
「うぐっ!」
ひざ蹴りが一発、ふららちゃんのみぞおちに命中しました。体を折ってうずくまりかけたところへ、今度は下腹に爪先キックが決ります。
「う、ぅ ― ン … 」
崩れ落ちるふららちゃん。だけど、真紀ちゃんはそれでも赦してくれません。いきなりふららちゃんの左足を運動靴で踏んづけたかと思うと、反対側の右足首を両手でつかんで、思いっきり開いて股裂きにかかりました。
「ぎぇ ― ッ」
ふららちゃん、危うし!
「やめて、やめて」
必死にふりほどいて、なんとか、リング下に這い逃れようとした瞬間。
ズポッ!
あれれっ、後から真紀ちゃんが思いっきり背中を引っ張ったものだから、コスチュームが脱げちゃいました。大変。ふららちゃん、真っ裸!バストは発育が遅れているから見られても平気だけど、お股を隠さなければ!幸い、場外に転落したので誰にも見られずに済んだもようです。あわててセコンドのタオルでふんどしました。とりあえずこれで中学一年生としての最低限の尊厳だけは保たれた … かな?ふんどさない、ふんどします、ふんどす、ふんどす時、ふんどせば、ふんどせ、ふんどそう、サ行変格活用です。
「違うでしょ」
あ、間違えた、五段活用です。だけど、新しい動詞なんか発明している場合じゃない気がします。
だって、真紀ちゃん、自分もリング下に降りると、セコンドに預けてあった通学バッグを開けて、何やら物色しはじめたではありませんか。あ、何か取り出しました。なぁんだ、彫刻刀か。こんな所で何を彫るつもりなのでしょう?でも … 、まさかとは思いますが、場外乱闘の凶器にするつもりなのでは ⁈ わ、大変です。目をギラつかせてふららちゃんに迫って来ました。いつもの怖がり真紀ちゃんとは全く別人のような闘志です。ふららちゃんを殺害するつもりのようです。いくら中学一年生でも、まだ殺害されたくありません。ふららちゃんはふんどし姿でリングの周りをぐるぐる逃げ回ります。ですが真紀ちゃんは逃しません。彫刻刀を一本、ふららちゃんのお尻めがけて投げつけました。ふららちゃんは危うく身をかわします。お尻に刺さらなくて良かった、と、油断した瞬間、スッテンコロリンと足をとられてこけてしまいました。ふんどしは無事だけど、命が危ない!たちまち追いついた真紀ちゃんが、一番よく切れそうな切り出し刀を頭の上に振りかざしました。
もうダメだ。そう思ってみんなが目をつむったとき、ふららちゃんが反撃しました。
「ガブッ」
真紀ちゃんのふくらはぎに嚙みつきました。
「キャイン!」
真紀ちゃんが悲鳴を上げます。ふららちゃんは倒れた姿勢のまま、ひるんだ真紀ちゃんのスカートの中に顔を突っ込んで、パンツを引きずり下ろしました。♪のワンポイントの入ったお洒落パンツが足首まで落ちて来ます。
真紀ちゃんがあわててパンツを上げ直そうとした拍子に、持っていた刀の刃で自分のすねをかすってしまいました。
「ワギャーン‼」
真紀ちゃんがすねを抱え込んで急に泣き出しました。血がふたつぶ出ています。
「死ぬ、死ぬ 」
これで元通りの弱虫真紀ちゃんです。あんまり泣いているので、ふららちゃんは何だか可哀そうになってきました。パンツを直してあげると、真紀ちゃんのハンカチで傷口をしっかりしばってあげます。
「もう大丈夫」
「グスン、ありがとう」
なのに、いつの間にか降りて来た冥王星人装束のヤンキーレフェリーが、怖ろしい厚化粧でふららちゃんをにらみつけるなり、ズコンと回し蹴りを入れてきました。
「助けるな!殺れ!この阿保ガキ」
いくらふららちゃんでもこれは怒りました。
「ガブッ」
レオタードからはみ出した大きなお尻に喰い付きます。真紀ちゃんも立ち上って、引っくり返ったレフェリーにお股攻撃です。
「エイッ!」
股裂きするとビリッと衣装が破れかけました。でも、さすがにおばさんだからお股なんか見られても全然平気かもしれません。急所はどこでしょう?
「ふららちゃん、真紀ちゃん、顔だ!顔をねらって」
会場の女の子たちが全員味方になって応援してくれます。ふたりも気がつきました。
「よし!」
「うん!」
うなづきあって、右と左からおばさんの顔面を掘り返しにかかります。必殺メイク落しです。
「ふららちゃん、これ」
真紀ちゃんが彫刻刀を貸してくれました。V字型とノミ型の刃のふたり攻撃で相手の顔を発掘します。ついに地肌が見えてきました。あと一息。やったぁ!ついにスッピンの完成です。これはたまりません。
「見、見るな … 」
25才のおばさんとしての最低限の尊厳が一瞬で踏みにじられました。手と腕で素顔を隠すのが精いっぱいで、もう完全に無防備です。ふたりは一緒に頭の上の第三触覚とブーツの横の第九側腕を結んで冥王星人を畳んでしまいました。真紀ちゃんが止めを刺します。一番先のとがったタコ焼き返しの彫刻刀でおヘソをくり抜こうとしています。ふららちゃんはあわてて止めてあげました。もう中学一年生なので、哺乳類はいじめたくありません。 ― 人も、河童も、アザラシも …
会場は拍手と歓声で大騒ぎになっています。だんだんリズムがそろってきて、全員のスタンディング・オベイションに変りました。
ふたりは年増冥王星人を床に転がしたまま、リング上に戻って晴れやかに笑顔で答えました。ふららちゃんが真紀ちゃんの片腕を高々と差し上げて勝利を喜びます。これでまた一人、お友だちができました。
次の日、学校へ行くふららちゃんを見た近所の人たちは、みんな大爆笑になりました。
いつもなら、ふららちゃんが「おはよう」と言うと、「おはよう」と元気に笑い返してくれるはずなのに、今朝はどのおばさんも、おじさんもお腹の皮をよじってふららちゃんの歩き方を見ています。
でも、きのう真紀ちゃんに股裂きされたせいで、太ももも、お股も包帯と湿布でぐるぐる巻きだったから仕方がありません。
ふららちゃんは、仕切りをするお相撲さんのように地面すれすれに腰を落して、両脚を思いっきり広げて爪先で踏ん張りながら、カニみたいに横歩きで進んで行きました。
(?)
最初のコメントを投稿しよう!