プロポーズ―軋み―

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プロポーズ―軋み―

――その日、時東花鳳(ときとうかほ)のバイオリン・リサイタルの会場に葉月の姿があった。彼はいつもとは違う別の服装で粧し込んでいた。彼女は観客が居るステージの上でタイスの瞑想曲を奏でた。バイオリンの柔らかい音色のハーモニーは、どこか静けさが漂うような、美しく優雅で力強い旋律に聴き入る観客達をあっという間に虜にした。そして、演奏が終わると会場は一斉に拍手が響いた。  ステージの上に立つ彼女は美しく。そして、輝いていた。そんな美しい彼女に葉月も魅了された。拍手が鳴り止まない中、次の演奏が始まった。彼女は顔つきを変えるとシューベルトのセレナーデをピアノの伴奏者と息を合わせて奏でた。力強い旋律のハーモニーは美しくも激しく、そして情熱的だった。彼女の奏でるバイオリンの旋律に、そこにいた誰もが虜になった。葉月は椅子に座りながら彼女の情熱的な演奏に聴き入った。そして、空想の中で芸術の世界に浸った。  全ての演奏が終わる頃には観客は席から立ち上がり、割れんばかりの拍手が一斉に巻き起こった。彼女はステージの中央で綺麗なお辞儀をすると、目の前にいた観客から花束を手渡されるとそれを受け取って、ニコッと優しく微笑んだ。会場にいた観客達が次々に帰ると葉月も椅子から立ち上がり、中央のホール前で彼女が来るのを待った。タバコを吸いながら一人で居ると、バイオリンケースを持った時東花鳳が現れた。 「颯天さん、今日は私のリサイタル来てくれたんですね! てっきり来ないかと思ってました。絵の仕事は一段落ついたんですか?」  そう言って花鳳は葉月の隣に並ぶと、長い髪を耳にかけて微笑んだ。彼女は清楚な感じのお嬢様の雰囲気が漂っていた。彼は花鳳の事を見つめると『ああ、今日はキミの演奏を聴きたかったからね、早く終わらせて一段落ついたところだよ』と言って返事をすると、そのまま彼女を抱き寄せた。 「そっ、颯天さん……! こんなところで抱きしめて来るなんて……! 誰かに見られたら私…――!」 「花鳳のバイオリンの演奏はとても素敵だった。二人だけの時に、もう一度聴かせてくれるかい?」 「え……?」 「私はキミのバイオリンが聴きたいんだ。それに音色を聴くと良いアイデアが浮かびそうなんだ。ダメかい?」 「そ、颯天さん…――」  彼女は葉月に見つめられると、喜んでと言って頬を赤くさせて見つめ返した。 「それと花鳳、私の事は葉月って呼んでくれって前に言っただろ。僕達は恋人同士なんだから変な気遣いは無しだろ?」 「はっ、はい…――! じゃあ、その…葉月さん行きましょ?」 「ああ、行こうか」  二人は仲良く腕を組むと何処か落ち着ける場所へと移動した。そして、夜景が綺麗なホテルのラウンジで楽しげな一時を一緒に過ごした。
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