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高級ホテルのラウンジで二人は幻想的な外の綺麗な夜景を観ながら肩を並べると、窓際でお酒を飲んだ。そして、親密な雰囲気の仲で音楽と芸術について語り合った。花鳳は葉月のロマンチックな話しに夢中になって聞き入った。彼はグラスの上に飾られたレモンと砂糖が乗っているニコラシカのカクテルを彼女の前で一気に飲み干すと男らしい一面を見せた。そして、情熱的な眼差しで彼女の事を見つめると、不意に左の肩を抱いて話した。花鳳は肩を抱き寄せたられると、近くで彼を見つめた。
「――たしか花鳳は結婚はした事が無かたんだっけ。私には昔、愛する妻がいた。そして、妻との間に生まれた娘もいる。今は14歳だ。私は数年前に妻を不運な事故で亡くしてから、長い年月もの間を孤独にさ迷っていた。きっと娘がいなかったら私は妻の後を追ってとっくの前に死んでいた。孤独な月日の中で亡き妻を想って過ごす日々は、果てしない長い暗闇のトンネルを歩くような辛い人生だった」
「葉月さん…――?」
「正直、妻の事を一層忘れたら楽だった。だが、私の記憶から妻の記憶が消え去る事はなかった。ふとした瞬間にいつも、亡くなった妻を思い出すのが耐えられなかった。それくらい彼女の事が心の中で強く刻まれていた。そんな私に唯一、支えがあった。それはキミの奏でるバイオリンの音色だ」
彼は有りのままの辛い過去を彼女の前で打ち明けた。普段は決して見せない様子に、花鳳は黙って彼の話を聞いた。
「――仕事で絵を描く為にアトリエに籠っていた私はあの日は気晴らしに一人でクラシックのコンサートに出かけた。そして、そこでキミと出会った。私はその時にキミの奏でるバイオリンの音色に心を動かされて感動した。そして、それからキミの奏でるバイオリンを聴きたくて何度もリサイタルに通った。ステージに立って堂々と演奏するキミは輝いていて美しかった。時に情熱的に激しく、そして、繊細なハーモニーに、私はいつの間にか『時東花鳳』というバイオリニストのファンの一人になっていたんだ」
「ええ、知っています。貴方は私のリサイタルコンサートにはいつも観に来て下さってましたね。それも一番前の最前列に。私も貴方が来る度にいつも楽しみにしてました。熱心なファンの男性の方がいるって。葉月さんくらいですよ、私のバイオリンをいつも聴きに来て下さった人は。それがまさか貴方が天才画家の『颯天葉月』だなんて……。まるで私達、運命に導かれたようなものですね――」
花鳳は彼の前でニコッと笑うと、彼に寄りかかって見つめた。葉月は彼女の瞳を見ながら『ああ、運命だとも』と傍で呟いた。
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