最後の晩餐

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一週間後。 シェフは相変わらず独房の床に胡座をかき、手垢で薄汚れた料理の本を眺めている。 いつもの風景……。 カンカンカン! 独房の鉄扉を叩く音は、いつもの看守だ。ただいつもと違うのは、「邪魔するよ」と言いながら独房の中へ足を踏み入れた事だった。 「……何か変わった『オーダー』かい?」 シェフが眉をひそめる。 ここに収監される死刑囚はその人種も出身地もバラバラである。なので時には本国では見かけない『母国の料理』をオーダーされる場合があるのだ。 そうした場合『出来る・出来ない』の判断が必要になるので、シェフへ事前確認を入れるのが慣例となっている。 「その通りだ。初めて聞く名前の料理なので書いて貰ったのだが、そもそも英語じゃないんで読めなくてな。……何だか分かるかい? ああ、『付け合わせ』は特に要らないそうだ」 看守が胸ポケットからメモを取り出してシェフに手渡す。 「……分かった」 シェフは少しだけ考えてから、メモを看守に返した。 「お前にはそれが読めるのか? 流石だな。で、何とかなりそうか?」 心配そうに看守が尋ねる。 「……問題はライスだな。インディカ米が要る。穀物はオートンの店か? なら3時間以内に届けられるか聞いてくれ。出来れば国産じゃなくて東南アジア産がいいんだが」 「聞いてみる」 その場でスマホを取り出し、看守が電話を掛けた。 「ああそうだ。インディカ米で、出来れば東南アジア産がいいんだが、3時間以内に欲しいんだ……ふん、ふん、そうか」 一旦スマホを耳から離し、シェフに向き直る。 「東南アジア産は時間的に難しいらしい。国産なら問題ないと言っているが、どうする?」 「そうか……まぁいい、どうにかするさ。それで手配してくれりぁいい」 シェフは再び本に目を落とした。 「インディカ米が厨房に届いたら呼んでくれ。今回は付け合わせもないし掃除も一昨日やったばかりだから、それで十分間に合う」 「そうか、助かるよ。にもそう伝えておく。きっと安心してくれるだろうよ」 帰りかけて、看守がふと足を止める。 「『米の産地がどうの』というのは大丈夫だったのか?」 「……まぁな。米は産地によって『育った水』が違うから食味の違いがどうしても出る……。何、オリジナルはイメージ出来ているから炊くときに香辛料を僅かに足して『それらしい香り』が出るように工夫してみるさ」 「気を遣わせてすまないな。……食事の後に『感想』を聞いておくかい?」 看守が再び踵を返す。 「いや、いい」 シェフはその申し出に首を横に振った。 「リピーターになるわけじゃねぇんだしよ」
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