最後の晩餐

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ここの刑務所では、だいたい2~3週間ごとに一回ずつ『シェフの出番』がある。 だが、ここ5週間ほどは『いつもの看守』がシェフの住む独房のドアを叩かない日が続いていた。  シェフはそんな時でも、いつも変わらず料理の本を眺めている。  すると。 カンカンカン! 『いつもの音』がする。見なくても分かる、『いつもの看守』だ。 「やぁ元気かい、シェフ」 珍しく少し疲れたような顔で、ドアの前に立っている。 「……」 何も言わず立ち上がり、シェフは看守の後に続いて独房を出た。そう『いつもの風景』。  他の囚人達の白い目に晒されながら、2人はいつもの厨房へと入った。 「で……今回のオーダーは?」  シェフが差し出す皺の寄った手に、看守が黙ってメモ用紙に鉛筆を添えて手渡す。  その紙には、何も書かれていなかった。 「……」  シェフは何も言わず、その白紙のメモを見つめた。そして、小さく呟く。 「なるほど、かい」 「……要る材料があれば、好きに書いてくれればいい。何、予算の件は私がどうにか誤魔化すから気にする必要はない」 看守が言いにくそうにして目をそらす。  それは、他ならぬシェフ自身が『今回の注文主』である事を意味していた。 「いや……大丈夫だ。実を言うとここ最近、何となく予感めいたものがあってな。材料は全て準備してあるんだ。あんたに『補充品』として揃えてもらっていた物がそれだ。だから、特別に何かを買い揃える必要はない」  少し寂しげに、シェフは白紙のメモ用紙を看守に戻した。 「そうか……実は州の法律が変わって『最後の晩餐』を止める事になってね。……だから、これ以上シェフの刑を先延ばしにする理由が無くなったんだ」  こころなしか、看守が肩を落としているようにも見える。 「元々、こうした最後の晩餐という慣例は古い時代の欧州で生まれたものでな。その目的は『死ぬ前のサービス』ではなく、死刑に処される囚人に私のような看守や刑務官が恨まれて祟られないように『ご機嫌取り』をする為だったんだそうだ」  当時はまだオカルトが幅を利かせていた時代。霊的なものが刑務官に災いを起こす事が懸念されていたのだ。 「だが現代ではそういうオカルトも信じられていないし、コストの面や手間暇を掛けて作っても『残してしまう』という例が少なくなくてな……ウチの刑務所くらいだよ。ほとんど完食されるのは。……前回のインディカ米料理も『注文主』は『こんなところで故郷の味を食えるとは思わなかった』と泣いていたよ。『死刑も意外に悪くねぇな』……てさ」 「……そうかよ」  それは、30年の『晩餐』で初めて聞く『感想』だった。
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