常敗の男

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常敗の男

 剛の手が懐へ迫る。  この身を貫かんばかりの勢いに、俺の意識がその手に集中する。  刹那の甘さ。彼が見逃すはずがなかった。  バシッ。足を内側から払われ、俺の体は浮遊感を覚える。  総合体育館の無機質で高い天井が視界に広がり――ダァンっ! 「一本、それまで!」  背中を床に打ち付けると同時に、審判が勝負の終わりを告げた。  ワァァ――ッ、と優勝者を称える歓声が沸き上がる。  それは俺が負けたという現実を突きつける声でもあった。 (また負けた……っ。届かなかった……!)  込み上げてくる悔しさが胸を突き上げてくる。  思わず顔を歪めてしまう俺を、勝者は見下ろしていた。  勝ったというのに、その目は歓喜どころか感情がなかった。  彼の凪いだ目が俺の体をざわつかせる。  日本の男子柔道界で頂点に立ち続ける男、東郷泰輝(とうごうたいき)。  軽く色を抜いた赤茶色の短髪がよく似合う端正な顔立ちと、何事にも動じないクールさで男女問わず人気を得ている。  二十歳の俺よりも四年先を行く東郷は、公式の大会で一度も負けたことがない。  そして俺は、いつも決勝まで勝ち上がり、その都度東郷と対決して負かされている。  今日も関係者が耳慣れたアナウンスが響き渡る。  優勝、東郷泰輝。  準優勝、正代誠人(しょうだいまこと)。  上体を起こすまで、東郷は俺を見ていた。  またお前かと飽きてうんざりするような呆れを通り越し、もう一切の感情を覚えないと言わんばかりの目。  悔しかった。  けれど泣くことも叫ぶこともできず、俺は無言で起き上がり所定の位置につき、頭を下げて退場するのが精一杯だった。
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