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「惜しかったなー誠人」
試合を終えてロッカールームで着替えていると、大学の同期で俺と同じく柔道部に所属している坪田勇仁が声をかけてきた。
明るく気さくな坪田はいつも部を和ますムードメーカーで、笑顔が絶えない気の良い男だ。
ただ、その明るさが今の俺には辛い。
「……惜しくなんかない。こっちの技はことごとく払われて、何ひとつ通用しなかった。完敗だ」
「だって相手は人類最強かもしれないって言われてる東郷泰輝だもんな。誠人だって東郷さんがいなかったら、日本で敵なしの強さなのに……生まれた時代が悪かった」
「時代のせいになんてできるか……俺が未熟なだけだ」
ぐしゃり、と。俺は自分の黒い短髪を荒々しく掴む。
一八〇ある身長に、程よく育った筋肉。手足も国内選手と比較すれば長い部類に入る。体格には恵まれているほうだと思う。だが、東郷さんには敵わない。
もうどれだけ決勝を東郷さんと戦っただろうか。
負ける度に敗者の惨めさを覚え、練習に打ち込んで力をつけ、ベストの状態に仕上げて挑み直しても、東郷さんに負けてしまう。
俺が敗者となった瞬間、東郷さんの目はなんの感情もなかった。
いや、思い返せば試合を始める前から東郷さんの目は凪いでいた。
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