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●憂いを帯びたまま
◇ ◇ ◇
宴を終え、身を清めてから俺は自室へと向かう。
扉を開けて中へ入ろうとした時、ふと気配を感じて振り向く。
俺が来た通路とは反対側から現れた英正が、俺と目が合った途端に立ち尽くし、困惑の表情を浮かべて固まった。
「誠人様……」
見事に俺たちの望みを期待以上の形にしてくれた立役者のはずなのに、ここへ戻って来てからの英正はずっと表情を曇らせている。
いったい何を憂いているのだろうか?
心の中で首を傾げながら、俺は小さく微笑みながら英正に目配せする。
「こっちに来てくれ。英正がここへ戻って来てから、ずっと話を聞きたかったんだ」
俺の声を聞いた途端、ひどく安堵したように英正の顔と肩から力みが抜ける。
そして「はいっ」と見慣れた人懐っこい笑みを返し、早歩きで俺の元へ急いだ。
部屋に入り、英正が扉を閉める。
――その直後、俺の体は背後から英正に抱きすくめられた。
急な締め付けで覚えてしまった息苦しさを、俺は息をついて逃がしながら尋ねる。
「英正、どうしたんだ? 澗宇の所で何かあったのか?」
「……っ……」
俺の耳に英正から息を詰まらせる音が聞こえてくる。口を開けば嗚咽が零れてきそうな気配に、無言の肯定を汲み取った。
無理に言わせないほうが良い気がして、俺は話を切り替える。
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