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一騎打ちの勝者は、相手のすべてを総取りすることができる。
それは俺が一度負けただけで、今まで築き上げてきたものをすべて奪われるという厳しさもある。
俺が太史翔を睨みながら思案していると、華侯焔が一笑した。
「誠人様、話を受ける必要はないからな。今は俺たちのほうが有利だ。このまま攻め続ければ勝てる。危ない橋を渡る必要はないぞ」
「まったくもってその通りですー。珍しく意見が合いますねー華侯焔」
俺の首に巻き付いている白鐸も、肩で頭を上げながら華侯焔に同意する。
言っていることは分かる。話に乗らないことが確実な選択だ。
それでも安易に頷けない自分がいた。
「……誠人サマー?」
白鐸が俺の顔を覗き込んでくる。長い毛で覆われているせいで目も口も分からないが、不思議そうに俺をうかがう視線を感じる。
口を開かない俺を察したように、華侯焔が先に話を切り出す。
「戦いたいのか?」
背中を押すような一言。俺は短く頷いた。
「無謀かもしれないが、一騎打ちに応えたい。自分がどれだけ強くなったのか、確かめてみたい」
この『至高英雄』を始めたのは、東郷さんを乗り越えるための強さを求めたから。
負けが許されない状況になってしまい、目の前の問題を乗り越えることで精一杯になっていたが――試してみたい、という欲が湧き出てくる。
現実でも、ゲームの世界でも、鍛錬は怠っていない。むしろ実戦と華侯焔たちの支えで、前よりも強くなったという手応えがあった。
普通の将なら即座に諫めるだろう。
だが、華侯焔は違う。声を上げて笑ったかと思えば、バン、と俺の背を叩いた。
「それが誠人様の願いなら、臣下は従うまでだ。俺は邪魔が入らないよう見張っておく。存分に叩きのめしてくれ」
「華侯焔……ありがとう。本隊は任せた」
俺は刹那に見つめ合い、小さく笑ってから馬を前進させた。
表情を消し、顔を引き締めて太史翔と対峙する。
兜の隙間から覗く太史翔の双眸はどこかほの暗く、小さな瞳に怒りとも獰猛とも取れるギラつきを宿していた。
フッ、と太史翔が鼻で笑った。
「密偵の報告は受けていたが、自ら戦うのが心底好きなようだな。こんな場が熟した中に入ってきたような恐れ知らずだ。余程の愚か者か、傲慢な猛者か……まあ、どう見てもお前は――」
「俺は愚か者の弱者だ。この世界に来てから、ずっと痛感している」
馬上で胸を張りながら、俺は竹砕棍を構える。
「だからこそ強くなりたい。そのために応じた」
「愚かでありがたいことだ。早々にケリをつけようではないか!」
太史翔も得物の槍を構え、覇気を漂わせる。
上位の猛者ではないにしても、今なお領主として上に立ち続けている人物。苦難を重ねてきた者がまとう威圧感で、場の空気が重くなったような気がした。
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